宮古島吉野海岸にて by吉野のおじさん

自然はあなたのために あなたは自然のために

あだん樹は何故きりたおされたか? そして、誰が?

 吉野海岸での8年間の中でもっともショッキングな事件は
あだん樹伐採事件(参照:http://yoshino.ti-da.net/の06.7.25「アダンの木陰」の由来)です。

 平成14年3月23日、朝、いつものように吉野海岸へ出勤(?)。
ゆうなのトンネルを抜けると、唖然 あだん樹の林がまるで竜巻に遭ったようになぎ倒されていた。
いや、竜巻ではない。よく見ると切り口がのこぎりである。人が伐ったものと分かった。

 その前夜は宮古には珍しく一晩中小雨が降っていた。その雨の中、幹の太さ径15僉兵齢30年位)の20本の樹を切り倒すことは容易なことことではない。また、あだん樹は複雑に絡み合っているので、注意しないと自分が大けがをしかねない。よほどのパワーソース(怨念)がなければ出来ないことである。その怨念は私に向けられたものであると思ったら、言いしれぬ恐怖を感じた。

 片付ける気力もなく、倒された木にぼんやりと腰掛けて海を見ていたら何故か悲しくなって、ぼろぼろと涙が出た。自分がやっている行為が何故人の恨みをかうのか分からなかった。逃げ出したくなった。
でも、逃げ出したら犯人の思うつぼである。半日思い悩んだ。
 ビクトリア(イギリス コーンウォール出身の英語の先生)が来た。その惨状を見て悲鳴を上げた。説明すると彼女もぼろぼろと涙を流した。しばらく、二人で海を見ていた。
 ビクトリアが「たけさん(私のニックネームは「UNCLE TAKE」)ネバーギブアップよ。あなたがやっていることは正しい。負けないで頑張って。」と言って励ましてくれた。それで元気が出た。

 これは明らかに公共物破損であるのでまず駐在に通報し、駐在から役場に連絡してもらった。
警察は現場検証に来たが、その後、役場の方からの被害届(役場はその場所が町有地でないとの見解)がでないと言うことで積極的捜査は行わなかった。それをいいことにその後も挿したアダン樹を抜かれたり、ブルーシートを切り裂かれたりの事件が続いた。それを見かねて吉野部落の区長が自警団を組んで一ヶ月ほど毎夜見回って呉れたが結局犯人は分からなかった。そのため、中には「あれは吉野のおじさんの自作自演だ。」という人まで出てきた。今でもそうだと思っている人がいる。

 それから、半年くらいして、区長が浜に来て、「あだん樹伐採の犯人が分かったよ。部落の青年が、酒の席でそのことを自慢げに話していたので、問い詰めたところ自分一人でやったと白状した。同じ部落で名前は言えないが、区長として十分言い聞かせておいたから、この件については内分にして貰いたい。」
とのことであった。

 私にはその青年が誰であるかすぐ分かった。そして、その怨みの原因もわかった。
事件の二週間ほど前、その日は、天気もよく、彼ももりを持って泳ぎに来ていたが、泳ぐ前にと「アダンの木陰」でビールを飲みながら観光客と話していた。そのうちどう話がまとまったのか分からないが、観光客をリーフアウトに案内することになったらしい。彼は相当ビールを飲んでいたので、「酒を飲んでお客さんを案内するのはやめたがいいよ。」いうと、「俺はこの海で育ったんだ。少々酒を飲んだぐらいじゃ大丈夫だ。」といって、お客さんを促して行こうとするので、私が少し語気を強めて「やめなさい。」と言うと、黙って帰って行った。彼とは別段仲が悪いわけでなく、それまで彼とはトラブルを起こしたわけではない。まさか、そのことがあれだけの怨念になるとは夢にも思っていなかった。あるいは私のやっていることに対する反感(俺たちの海をよそ者が、我が物顔に仕切っているのが気にくわない。)が鬱積していたのかもしれない。

 これは、自然保護を考える上で重要なことかもしれません。
よそ者が来てその土地の自然保護活動を行うことは難しいことです。私もそれは覚悟していました。
 当初(8年前)、私の活動に対して吉野部落の90%のひとが反対していました。当時はちょうどオウム真理教の事件があって特によそものにはナーバスになっていたと思われます。そのうち、私のやっていることを見たり、浜に来て話したことのある人は理解するようになりましたが、それでも、事件当時は、まだ、70%が反対でした。なんとか、部落の人と融和を図りたいという思い出始めたのが「きび刈り援農隊」です。これはかなり効果がありました。今では90%の人が理解し、応援してくれています。

 中には「自分たちがやらなければならないのに、よそから来たあんたがやってくれるので有り難い。」
と言う人もあります。
 これはよそ者だから出来るのではないかと思います。
もし、地元の人が、私と同じようなことをやったら、多分、周りからは「あいつはおかしいのじゃないか。」といわれます。場合によっては村八分にされ、そこに住めなくなるかもしれません。そのような危険を冒してまでやる人はいないでしょう。
 ただし、「よそ者だから出来る。」というのはその導入部としての行為であって、自然保護はやはり地元の人でなければ出来ないと考えています。このことは次回、吉野海岸を例に詳しくコメントします。
 
 では、行政がやるべきではと思いますが、吉野海岸は指定の海水浴場でもないし、公園でもなく、保全地区でもないので行政は手をつけられないのです。また、宮古島には行政が手をつけられない自然が多く残っています。本当はそうゆうところこそ保護が必要ではないかと思います。
 
 ところが、現在の吉野海岸は行政が自然保護とは全く関係ない形で関わっているため、むしろ環境(浜の持つ雰囲気も環境である。)が破壊され、やがては自然も破壊されてゆく状況にあることも知っていただきたい。

 


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