ガイドさんと 下田の街へ
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伊豆急下田駅についてまず向かったのが、下田市観光協会・・・
散策マップをもらうために立ち寄ったのですが、
ちょうどその時間にガイドさんがスタートするということで、
100円を支払い同行させていただきました
下田のメインストリート マイマイ通り・・・美しい通りです
このマイマイはかたつむりのマイマイであり、ペリーとともにこの地にやってきたとのことで、メインストリートの名前につけられています。
かつての下田小学校もこのマイマイ通りにありました。
かつての校舎は、下田の街を代表する美しいなまこ壁の校舎で会ったと言われています。それが現存しないのが、残念です。 途中立ち寄った 立派な山門の海善寺です
山門には、徳川の葵の紋が目だないように・・・
しかし 存在感を放っています。
この海善寺は、戸田忠次が徳川家康より五千石をもって
下田領主として封ぜられた居館の跡ということで、
山門に葵の紋があります。
下田散策で おそらくガイドさんがいらっしゃらなったら立ち寄ることができなかったであろう、
奇跡の出会いの稲田寺(とうでんじ)です。
稲田寺 阿弥陀堂にある阿弥陀如来像です。立派な坐像です。
おそらくこの阿弥陀堂・・・ガイドさんがいらっしゃらなかったら確実素通りです。
伊豆地方で一番の大きな大仏です。とても美しいです。
稲田寺には、幕末 安政時代におこった大地震の津波が
下田を襲った際に、犠牲になられた方をと弔う津波塚があります。
ここ下田も、過去幾度となく津波がおしよせ、このガイドの方がまだ
幼少期の頃にも津波が下田を襲ったというお話を伺いました。
昨年の、東日本大震災の恐ろしさから、まだ日が経っていないので、
その説明には引き込まれました
黒船祭りをひかえた下田の街には、アメリカの星条旗
黒船祭りの雰囲気・・・少しだけですが味わえた気分です。
顔だしパネルも国際色豊かな味のあるものとなっています。
かつて下田の街の多くを彩っていた、なまこ壁建築・・・
今では耐震性等の影響からか、その数は少なくなってきています。
味のある風情を感じる建築なので、大切にしてほしいです。
街の酒屋さんには、昔ながらのなつかしい風情を感じさせてくれる
看板が・・・・思わず見とれてしまいます。
そんな酒屋さんには試飲のできるお酒が・・・
下戸の私はもちろん頂きませんでしたが・・・・
よく見ると保命酒(ほうめいしゅ)とあるではありませんか。
幕末、下田には酒を造る酒屋はなく、ペリー一向をもてなすために、
備後福山 鞆の浦の保命酒の甘いお酒でもてなした伝統から、
今でも下田の酒屋には保命酒が売られています。
http://blogs.yahoo.co.jp/yosshy_satoyan/31754850.html ←私が鞆の浦で保命酒をいただいた記事はこちら
そんなこんな、未だに幕末の伝統を残す下田の風景にはまりながら、ガイドさんとの散策は過ぎて行きました。
これらの発見ができたのは、ガイドの吉田さんのおかげです。
有難うございました。長崎のさるくのように、ガイドさんとの散策は、新たな発見につながります。
続きの散策(幕末編)はまた次回記事にいたします。
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