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第十三条【個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重】
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 生命に対する国民の権利について、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする、とはいったいどういうことでしょうか。

 普段、私たちは生命の危険を感じずに生活できていますが、それは基本的にこの条文が効力を発揮し、いろいろの法律によって私たちの生命が護られているからです。また、あわせて第九十八条2項により日本国が締結した条約を遵守する義務が国にはあるために、個別の条約の要請によって法令化されたものもあります。ちなみに条約には、二国間条約と多国間条約とがあり、たとえば日米安保条約や日韓条約などは前者、国際人権規約や子どもの権利条約などは後者であり、後者の場合は国連総会で採択されたものが事実上対象となります。後者の場合、国連憲章が日本国憲法と相通じる点が多いためにほとんど憲法違反という問題は生じませんが、二国間条約の場合はそのような疑義が生ずる可能性があるほか、解釈や翻訳の問題が生ずることもあります。憲法13条を補完する機能があるのは、いうまでもなく国連総会で採択されたのちに日本が批准した多国間条約のことです。

 さて、生命に対する国民の権利もすごく当然の権利であるように思いがちですが、これも戦時体制の下では尊重されておりませんでした。特攻隊の例を出すまでもなく、開戦そのものが国民の生命を尊重していなかった結果であります。では、現在は完全に生命に対する国民の権利は護られているのでしょうか。

 この点で、最も憲法違反の可能性が強いのは死刑制度です。しかし、国内世論は死刑制度を肯定する人が8割に及びます。被害者の遺族のことを考えると同じ報いを受けるのは当然であるという論調がほとんどであろうと思います。この感情が理解できない人というのは、ほとんどいないのではないでしょうか。あとはそれを結論にするか否かというところで見解が分かれるのだと思います。

 ところで、死刑の適用があるのは殺人罪に限りません。刑法上は、外患誘致罪が最も重く、これに該当するとされた場合は人命が失われてなくても例外なく死刑です。そのほか、死刑になる可能性があるものに、内乱罪、外患援助罪、現住建造物等放火罪、激発物破裂罪、現住建造物等浸害罪、汽車転覆等致死罪、水道毒物等混入致死罪などがあります。

 これに冤罪がつくられる(!)という現実があわさると、死刑制度は私たちの善良な日常を護ってくれる制度と思っていたけれども、実は私たちの日常に牙をむいて襲い掛かってくる制度であるかもしれません。冤罪は「つくられる」と書きましたが、松本サリン事件で二重の被害に遭われた河野義行さんの著書や佐賀市農協事件の冤罪を告発した副島健一郎さんの著作「いつか春が」などを読むと、まさに犯人が「つくられ」、冤罪が「つくられる」ということが実感されます。司法当局にとって真犯人であるかどうかということはそれほど重要でなく、とにもかくにも事件が決着し、仕事が片付いていくことが先決であるとしたら、私たちが冤罪に巻き込まれる確率は思っていた以上に高いということができます。これは、国家権力が恣意的に誰かを死に至らしめようと思えばできるシステムが日本に存在するということです。

 前回述べましたように、現在国家の権限が非常に強くなってきています。たったひとりの独裁者が登場するだけで、私たちは生命さえ落としかねないという危険な時代を生きていると思います。国民が考えるのをやめたとき、事態は急速に悪化していきます。

 これに対抗するためには、私たちは憲法13条を理解し、活用し、護っていく必要があります。

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