アジアの国で仕事をする際にいくつかの会社のメンバーが集まって仕事をした時のこと、
ある会社の中年社員の一人は、やけに人を侮蔑するような言葉を口にしたり、
態度が非常に横柄だったりした。
いくら現場の仕事でスーツ姿ではないとは言っても、
シャツの上のボタンは外していて、髪の毛はなぜかゴムバンドしているし、
さらに周りの人に暴言を吐いたりしていた。
あまりにもひどい言い方をするので、こういう人とは二度と仕事したくないと思ったものだ。
それから数年後、何のめぐりあわせか、また同じ人と仕事上のことで会うことになってしまった。
「しまった、何てこった、またあいつに会わなくちゃいけないのか」と、
会う前からうんざりしていたのだけど、それが会ってみてびっくりした。
どういう風のふきまわしか、シャツのボタンはキチンとはめているし、
ネクタイもちゃんとしているし、服装だけにとどまらず、挨拶も非常に丁寧なので、
私の方が何か人間違いでもしたかと思うくらい全く別人のようになっていた。
何があったのかと思ってその会社の人に聞いてみたりもしたけど、
「うん、彼は変わったんだよ」というだけで詳しい説明はなし。
もちろんこれはプライバシーにも関連することなのでそれ以上追及することもできなかったけど、
確かに変わったということは事実だ。
「そうか、人は本当に変われるんだ!」とつくづく印象に残った出来事だった。
自分は変わりたい、という気持ちを持っている人はたくさんいるんだろうと思う。
自分で自分がやっていることは間違っているとわかっている時、
苦しい状況を打破できないで行き詰っている時、
最後の勝負は自分自身が変われるかどうかだと思うけど、それは容易な話でもない。
自分自身を変革していかなくてはいけないという時に、本当に変われるかどうかが勝負だ。
つまらない見栄やプライド等を捨ててしまうことができるかどうか、
本当に自分が望む自分になれるかどうか、
周辺の経済状況や家庭状況その他の環境に振り回されることなく、
大切な目標を見つけて進もうとするときに初めて人は変われるのかもしれない。
少なくとも最初に紹介した人物は変わることができた、という事実があり好例があるということは、
自分自身も変われる可能性がある、ということなんだろうね。
続く