始めに
始めに
ブログをはじめました 。
教育に関わる仕事をしていますが、教育に関する議論を聞く度に、それらが上滑りで本質を捉えていないように感じます。
教育に対する熱意が重要であり、子どもの成長を助けることが教育の本質だとされます。理念は結構なのですが、では一体、何をすれば良いのか分かりません。子どもの可能性を信じて見守ればいいのでしょうか。その一方では、人格の育成のためには躾を重視すべきだと主張する人もいます。
言葉の曖昧さも気になります。個性、人格、可能性、生きる力・・・。議論が空回りするのは、言葉が曖昧だからではないでしょうか。分かったつもりで使っている言葉が曖昧だから、結論も曖昧なのではないでしょうか。何より、教育そのものに対する認識が不明瞭なまま、主張したり議論したりしているのではないでしょうか。
試みに問
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