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杖立て
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[ ラッパ吹き ]
2012/5/29(火) 午後 8:54
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cle*nop*p* さん
杖立をなぜ置こうかという情況を確認しないままの議論ですからこうなるのです。こういう書き物のでの意見対立、というか認識の齟齬は往々にしてそういうとこからはじまるのです。そしてことの始まりにそれらを書いて委曲を尽くすことも、通常は往々にしてしないことです。ご参考までに情況を書いておきます。参加者がやよみ亭に入ってくるとき、そこは築110年の家、石段から敷居、またその次の敷居、上がりかまち、等々全てバリアだらけです。(そもそもこの家を使用すること自体が間違っているのかもしれません)参加者の状態を想像すれば介助無しには石段を上がってくることも座敷に自力で上がることも困難な人が殆どです。当然ボランテイアの介助者が各人につく。杖の受け渡しもボランテイアの手を介してのことになります。いまのところそうして上がり下りする土間に杖立が無く、上がりかまちに立てかけているのを纏めておこうというにすぎない。(つづく)
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[ cle*nop*p* ]
2012/5/28(月) 午後 11:57
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[ cle*nop*p* ]
2012/5/28(月) 午後 10:50
それは違うと思います。
コメントにも書きましたが、思いつく事をしたあとに、動いて貰うのです。行動をして頂くために、思いつく事を成すのです。私から言わせて頂くと、したくないからしないという風にしかとらえられません。しないための言い訳にしか聞こえません。まるで、へなちょこの、出来損ないの、なんの役にも立たない、絶対に親族や知人を入居させたくない、介護施設の言い訳のようです。これは、たとえ平山さんであろうと譲れない、私の考え方です。成すべき事をしないで、因果を議論しようとしたって、何の役にも立ちません。それは、「動かさない」と言うより、関知したくないから「動けない状態」のままにしておこうとしているのじゃないですか?
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[ cle*nop*p* ]
2012/5/28(月) 午後 9:00
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