何でもかんでも「お疲れ様」?マインドコントロールにまで!
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以前から若干気になっていた言葉で、時代の変化と感じるのが「お疲れ様」という言葉。 最近、メールの文頭などでいきなり「お疲れ様です」と来たりする。自分の周囲ではそのような使い方はあまりされず、職場に来たばかりの新人が多少使う傾向がある程度。だが、話を聞いてみると、職場によっては朝の挨拶から「お疲れ様」を使い、一日中「お疲れ様」を通すという。朝一番に取引先から電話が掛かってきても「お疲れ様です!」と話し始めるのだとか。 企業勤めではない当方には、これには猛烈な違和感。とても「企業的な臭い」と感じる。
☆お疲れ様のつかわれよう
本来、「お疲れ様」という言葉には相手の労をねぎらう意味が込められていて、「労」……働いている、疲れていることが前提の言葉。「後片付けお疲れ様でした」など。なので、休憩の際とか、仕事が終わったときに「お疲れ様でした」とお互いに労をねぎらう。労をねぎらってちょっと差し入れたりするときに使ったりもする。
ところが、最近では時間もシチュエーションも関係なく使われる場面が非常に多くなっているらしい。
午前中を目安に「おはようございます」、昼以降「こんにちは」というのが日本語における一般的な挨拶であるが、最近の企業ではあらゆる場面で「お疲れ様」と言うという。最近では新入社員がスピーチのはじめにいきなり「お疲れ様です。○○です」 と言いだし驚いたと言った声もあり、高校生なども友人に会ったときの挨拶としてよく使うという声もあることから、若い世代にかなり広まっているようでもある。
年代が上になるほど違和感が強いようだ。社長が一喝してやめさせているところもあるらしい。企業によってはそもそも「お疲れ様」を単なる挨拶には使わないところもそれなりにあるらしい。
間違いなく言えるのは、学校教育では時間にしたがった挨拶を教えるので、それ以降・あるいはそれ以外で身につけている挨拶であるということだ。
☆広まった経緯は?
企業内で、朝の出社時は「おはようございます」でいいのだが、それ以降は「おはようございます」「こんにちは」というのが企業内での挨拶で「よそよそしさ」が感じられる。こういう場合かつては目を合わせて会釈をするのが一般的であったが、企業などでは「声を出す」ことを奨励する。その結果、相手の気持ちにより添うニュアンスのある都合のいい言葉として「お疲れ様です」が使われるようになったらしい。これが浸透するうちに本来の意味から切り離され、無難な挨拶として代用範囲が広まったというのだ。 結果、部外・社外へのメールなどでも文頭にいきなり「お疲れ様です」と来るし、朝の挨拶も「お疲れ様です」となってしまう。
ほかにも
・挨拶の教育を受ける機会がなかった若い起業家が起こした会社から広がった。
・いわゆる接客業のマニュアル敬語と同様にバイト言葉としてからひろまった。
・就業時間の多様化もあり「おはようございます」「こんばんは」などの時間と結びついた挨拶が使いにくくなり、時間に関係なく使われつつあった「お疲れ様です」が広まった。
など諸説があるようだ。もしかすると、学生が部活動などで先輩から「お疲れ様でした」という挨拶を徹底されるなごりから広まったのかも知れない。
企業からアルバイトを通じて広まったのか、少なくとも若者言葉として広まっているようだ。ネットの普及とも関係があるのではないかと推測する人もいた。
ともかくも、最近では企業の新人教育、アルバイトの教育などで挨拶は「お疲れ様です」といっているとのこと。これでは企業で普遍化するも道理。(脚注あり)
郷に入っては郷に従えである。それにあらがう必要はない。
ただ、そうした文化になじめば当然「お疲れ様」を労をねぎらう場面で限定して使うことに強い違和感を抱くことになる。
☆大展開! マインドコントロールに……
「お疲れ様」の蔓延が思わぬ事態を生んでいる。
京セラという有名な企業で挨拶を変えようと提案がなされた。頻繁に代用・誤用される「お疲れ様」というあいさつ言葉の「疲れ」の部分に焦点を当て、「ネガティブなイメージがあり気持ちが停滞する方向になるからこれをポジティブな『元気』に言い換えようと。その代用語が『お元気様』である。これがそのまま支持されたり、自己啓発系の教えとして広まり、企業で広まりつつあるのだそうだ。たとえば例のおせち事件を引き起こした外食文化研究所 社長の水口憲治氏がブログの文頭で多用している。 何のことはない、「疲れ」がいやなら企業で蔓延した「お疲れ様」を本来の「おはようございます」「こんにちは」に戻せばいいだけなのだが、それでは大きな効果を得るためには不十分なのだ。意味合いとしては「元気にやっていきましょう」ということか。
これは一種のマインドコントロール的手法と思われる。(社内がこれで本当に活性化するなら悪くはないのかも知れないが。)
この話の興味深いところは、【気付き】を与えられていない「お疲れ様です」派は「お元気様です」に強烈な違和感を感じるという点にある。どちらも現代の企業独特の使い方であり従来の日本語からいえば違和感があるのだが、【気付き】を与えられないまま慣れない【お元気様】に接すると違和感を感じ、自らの正当化のために、「お疲れ様には相手を労る意味がある」と主張すらして「お疲れ様」の濫用をやめない。単なる挨拶としての誤用を無視して都合のいい主張である。
まあ、常にポジティブでいることを強制されるより労られる方が気持ちがいいのだから、言い換えろと強制されても当然抵抗するはずであるが。
しかし、【気付き】を与えられると、それまで心地よく使ってきた言葉を自ら好意的にすべて捨ててしまうのである。
【気付き】を効果的に与えられているか否かでこうも違うというわけだ。マインドコントロール恐るべし。
国語的に修正しようとした場合、違和感の原因は誤用にあるのだから、正しい気付きは言葉の意味と使われ方が乖離していることに目が向けさせることである。が、やめなさいと言われてもここちよく誤用してきた自分も否定され、得られるものもないため、「お疲れ様」という語を残し誤用だけを修正することですら抵抗する。結局効果を上げない。
一方、「疲れ」はネガティブだとして与えられる【気付き】では、誤用を指摘されないため自己を否定されることなく、言い換えることで新しい世界が見え【前向きな気持ちの発生】という付加価値が与えられるのでパッと乗ってしまうわけである。正しい日本語を、などと考えていたら絶対に出てこない発想である。国語的にはさらにおかしくなっているが、心をつかむにはうまい方法を考えたものだ。
自己啓発セミナーではより巧妙に開眼体験をさせているのだろう。
本当は、言い換えたところで何かを誤魔化しているだけだと私は思うのだが、そう考えない人が上手くコントロールされるのだろう。
☆お疲れ様とお元気様の今後
この「お元気様」は元々使われていない造語だけに強烈な印象を持つが、多くの職場で使われれば一時的にでも浸透する可能性がある。違和感が強いので結局やめたと言うところもあるようだが、違和感をもつかどうかは多数派か少数派かということに過ぎない。日本語はそうして変化してきた。「お疲れ様」の濫用もその一つである。本来の意味でない使われ方ならいつ他の語に置き換わっても不思議はない。
個人的には、企業という特殊な世界がその中で独自の文化を作っていくことは面白く思うが、企業の生産性向上のために言葉が作られたり変化し、それが一般化するのはどうかと思う。一般社会が企業の効率主義に飲み込まれていくようなものだと感じるからだ。
あるいは、ビジネスマナー=日本の常識という感覚に違和感を感じることもある。
多くの語彙を知らないために別の単一の言葉で置き換えられ、それが広まり言葉を駆逐するならばもっと悲しく感じる。
☆蛇足
地域、職場により挨拶が異なるのは当然のことで、それぞれの事情がある。
鉄鋼関係では「ご安全に」というとか。危険と隣り合わせの業界ならではと言えるかも知れない。お互いに安全に気を付けましょうと言うことである。女子校では未だ「ご機嫌よう」も多い。これはお互いいつも朗かではつらつとしていましょうといった意味だろう。 マンションの大規模修繕などで職人が住人と接触するときに、職人には「おはようございます」「こんにちは」と言うよう教育している。住人から労をねぎらって「お疲れ様です」と言われても「こんにちは」等と返す。言葉の意味が生きている例と言えよう。
** 以前このブログで「おたく」という言葉を取り上げた。「おたく」という二人称を多用する人たちをさして「おたく族」→「おたく」と使われるようになった語だ。 「お元気様です」が今後も一部の自己啓発系の影響を受けた企業で使い続けられ、それが他の人々から違和感をもたれ続けられるなら、そうした言葉を使う人々を「お元気族」「お元気様」などと言うようになるやも知れない。
脚注
企業ではビジネスマナーとして目上に使ってよいかどうかばかりが強調され、「お疲れ様」は広く使える挨拶として奨励されたようだ。しかし従来相手を労る語であったため、それ以外の使い方は最初から想定されずとりたてて注意もされなかったようだ。ここに単なる挨拶語として拡大解釈され広まった原因が考えられそうだ。
なお、最近の多くの解釈では「ご苦労様」が目上から目下への労をねぎらう言葉であり、「お疲れ様」は広く使えるとしている。しかし、地域や企業文化、時期によって違うようで、どちらも目上へは不可とするものや「お疲れ様」は目下から目上へ使うとするものもあるようだ。
郷に入っては郷に従うしかない。
参考
評論家・山崎元の「王様の耳はロバの耳!」
国立国語研究所FAQ
(googleで「お疲れ様」「挨拶」で検索すると、違和感を訴える記述を多く目にする。) |






