京都より愛をこめて

京都を中心に、また少し足をのばして奈良・大阪までの思いを綴った、ぶらり歩きです。

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2008年11月6日

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首途八幡宮

本隆寺の長い土塀をみつつ、南に下がると首途八幡宮が鎮座ましましている。

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首途と書いて「かどで」と読むのだが、境内入口の鳥居の横にあるとうに、源義経が奥州へ旅立った地なのである。

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智恵光院通に面した鳥居をくぐり境内に入ると、すぐにこの石碑が建っている。

「源義経奥州首途之地」と刻まれた石碑である。その昔、この地は金売吉次の住いがあった処と云われ、ここから義経が弁慶など僅かな家来を共にして、金売吉次と伴に奥州藤原へと逃れる旅が始まるのである。

その後に建てられたのが、この首途八幡宮である。

普通かどでというと、「門出」の文字であり目出度いものなのだが、ここでは「首途」という文字を充てていて、そのままでは、かどでとは読めない。

義経の逃避行が始まる旅のかどでだったから、この様な文字が当てられたのであろうか。

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その碑を右に見て奥に進むと、二の鳥居がある。その二の鳥居をくぐると、左に登り口、右は下りの石段がある。

登り口の階段には、三の鳥居があり、これをくぐり社殿に向う。

クリックで大きくなります 左の石段を上る。社殿はすぐそこに見えているので、一歩ずつ、ゆっくりと登っていく。

クリックで大きくなります 登りきると、首途八幡宮の社殿があり、旅立ちの幸運を祈り、ここで手を合わす。

クリックで大きくなります そして左側から石段を静かに降りていき、義経とその一党が落ちていったよすがを偲び、

「しずやしず しずのおだまき繰り返し 昔を今に なすよしもがな」

と、白拍子の舞を舞った、静御前にまで思いを馳せてこの石段を降りた。

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そしてふと鳥居の上を見遣ると、そこに奉納されている提灯に、上七軒の芸舞妓、そして、それを支えた旦那衆の係わりがみえてきたのである。

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