キングコング(西野亮廣・梶原雄太 )
キングコングは、日本の漫才・お笑いコンビである。吉本興業所属。1999年9月に結成された。 NSCで西野は「グリーングリーン」、梶原は「NINNIN丸」という別々のコンビを組んでいた。 初めて2人で大阪で遊んだ夜、2人で「俺らやったらこんだけ沢山の人を笑わす事なんか簡単や!」「それってコンビ組むって事?」「せやで!」「よっしゃ!」とコンビ結成。 必ず漫才の始まりには「ど〜も、キングコングです!イェイ!イェイ!」と西野は右足、梶原は左足を上げてダブルピースをデビュー当時から続けている。 「イェイ!イェイ!」のあとには、梶原が「しゃかりきがんばろ!」という。 しかし、コンビ結成当時は、なかった。オチの後には「おおきに!」と言って「まいど!」というときのジェスチャーに似たポーズをとる。 コンビ名は結成当時に2人で決めようとしたが梶原は「ドンキーコング」等の提案、西野はしっくり来ずもっとビッグになるように「キング」を付け「キングコング」に。『ンが2つ入るコンビは売れる』というジンクスは意識していなかったらしい。 1999年 - NSC22期の同期生として出会い、別々のコンビを解消して9月に結成。 2000年3月 - 第30回NHK上方漫才コンテスト最優秀賞を受賞。NSC在学生の受賞は史上初。 2000年4月 - 関西ローカル番組『紳助の人間マンダラ』内で、WEST SIDEのメンバーに選ばれる。 2000年8月 - 深夜番組『新しい波8』に出演。 2001年1月 - 第22回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞。 2001年4月 - ABCお笑い新人グランプリ副賞『百万馬力・キングコングと12人の怒れる師匠たち』スタート。初冠番組。 2001年4月 - 『はねるのトびら』が月曜深夜にスタート。 2001年4月 - 第36回OBC上方漫才大賞新人賞を受賞。 2001年12月 - 第30回YTV上方お笑い大賞最優秀新人賞を受賞。 2001年12月 - 第1回M-1グランプリ決勝進出(7位)。 2003年2月 - 梶原がストレス等で体調を崩し、約3ヶ月間休養。その間に梶原は結婚するが、約1年後の2004年4月に離婚。 2003年8月 - baseよしもとを卒業、うめだ花月へ。 2003年9月 - 『笑っていいとも!』の火曜日に隔週レギュラーとして出演開始。 2004年1月 - 『はねるのトびら』が火曜23時に枠移動、全国ネットに。 2004年3月頃 - 東京に移住。 2004年10月3日 - ラジオ番組『YOUNG PARK』(毎日放送)にてバンド「難波兄弟」を結成、インディーズでCDデビュー。 2005年4月6日 - 難波兄弟がメジャーデビュー。 2005年5月 - テレビ番組『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』の企画で梶原が『キングコング梶原』としてソロデビュー。(「おかん」という地元ラップ) 2005年7月1日 - 西野、妻夫木聡・深津絵里主演ドラマ『スローダンス』(フジテレビ系)でドラマ初出演。 2005年10月19日 - 『はねるのトびら』がゴールデンタイムに進出。 2005年11月23日 - 『はねるのトびら』が2時間スペシャル。 2006年2月22日 - 『はねるのトびら』2時間スペシャル。何やらビッグな企画が…? 2006年2月22日 - 西野亮廣とおかめシスターズ「逢いたくて五反田」発売
左・西野亮廣 (ニシノアキヒロ)
ツッコミ・ネタ作り担当 生年月日・1980年7月3日 血液型・O型 星座・蟹座 出身地・兵庫県川西市 NSC22期生
☆三国志の諸葛亮孔明から「亮」という字をとった。「廣」は画数で縁起がいいから。
☆多田東小学校→多田中学校→県立川西緑台高校卒。 ☆高校時代、ハンドボール部部長。阪神地区で優勝する程の最強チームに育て上げた。 ☆クリスマスにグラウンドの真ん中に大きな杉の木を持ってきて立たせたことは高校の伝説化している。 これによりハンドボール部には毎年クリスマスにグラウンドの真ん中に杉を植える伝統が出来た。 ☆絵が上手かったため、美術教師に美大進学を勧められたが、小さい頃からお笑い芸人になることしか考 えていなかったので、NSCに入る。 親は、小さい頃からの夢と知っていたので反対しなかったそう。 ☆4人兄弟の3番目(姉がいるので二男)。 ☆男前で有名。「吉本の男前No.1・ブサイクNo.1ランキング」で、3年連続の男前2位を獲得。 ☆ナルシストでもあるが、チャラチャラした風に見られることを嫌い髪を染めたり長く伸ばしたがらない。 『資生堂 UNO』のCM撮影で髪を染めたが、撮影後すぐに元の黒髪に戻してしまった。 ☆芸能界では女優、タレントなどとの幅広い女遊びっぷりから吉本一のプレーボーイとして有名である。 ☆2005年には長年交際していた彼女と復縁したことを公言している。しかし、2006年1月1日、その6年間 付き合った彼女に旅行先のサイパンでフラれてしまった。 ☆相方思いの優しい面も持つ。梶原が休業した際、最初の1ヶ月は怒っていた西野。当時のマネージャー に「お前はいったい何がしたいねん!?」と詰問され、涙ながらに、「……漫才がしたいです………。」 と答えた。その後梶原が復帰するまで、解散せずに待ち続けた。本人曰く、梶原が戻ってきたら、許し てすべてを水に流そうと決めていたらしい。といいつつ、今でもトークの中で時折ネタにしている。 ☆超マイナス思考の梶原とは対照的に、思いっきりプラス思考である。 ☆とにかく寝ない、食べない。睡眠時間は長くても1日2時間、食事は1日1食。 ☆医師から「躁病」といわれたことがある。 ☆2月だというのに上半身がタンクトップ1枚でラジオの生放送を行ったこともある。 ☆社交的なタイプで、タモリや久本雅美に可愛がられている。 ☆極度の寂しがり屋でもあり、一人でいる時間が大嫌い。睡眠時間を削ってまで友人と遊ぼうとする。 ☆2005年7月、フジテレビの月9ドラマ「スローダンス」でドラマデビュー。役名は木田貴司。 ☆同い年の俳優・妻夫木聡とは親友となった。 ☆『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』の企画で、自らの作詞作曲によるムード歌謡曲「逢いたくて五反田」を歌 い、2006年2月22日にソロCDデビューする。 ☆『オールスター感謝祭』の名物コーナー「赤坂5丁目ミニマラソン」で、2002年秋に初出場・初優勝を 達成。その後著しいハンデをつけられたにもかかわらず、2004年4月3日の春の放送では、個人戦・団体 戦(駅伝レース)ともにトップでゴールするという快挙を成し遂げた。2004年10月2日の秋の放送では 史上3人目となる春秋連覇を果たした。 ☆毎朝かかさず10km走っているらしい。 ☆絵を書くのが得意。単独ライブでも舞台セットには彼の絵の拡大パネルが使用されている。
右・梶原雄太 (カジワラユウタ)
ボケ担当 生年月日・1980年8月7日 血液型・B型 星座・獅子座 出身地・大阪府大阪市 NSC22期生
☆高所恐怖症。
☆太成高校卒業。 ☆3人兄弟の末っ子(三男)。 ☆体を張った笑いを得意とし、漫才でも小柄な体を活かして動き回る。 ☆運動神経抜群でサッカーやボクシングなどの経験あり。 ☆最近はダーツにハマっていた時期があり、芸能人ダーツ大会という企画で優勝するほどの腕前である。 ☆両親は小学校一年生の時に離婚。 苦労した母を見ていたためかとても母親思いで反抗期は無かった。 ☆関西ローカルのある番組の企画で2000万のマンションを購入して母にプレゼント、母を喜ばせた。 ☆天然ボケなところがあり、相方の西野亮廣とネタ作りでもめたときに西野が「メリット」という言葉を 使っていたが、「メリット」という意味がわかっておらず「メリットって何や〜!」と逆ギレ。 ☆また最近では、飛行機で相方の西野の前に座った梶原が座席のシートを倒し、倒したシートを戻さず前 のテーブルに突っ伏して寝ていた。そのとき西野が梶原の頭に水を少しずつかけてみたら、起きた梶原 が何かを勘違いし、「やってもぅた」発言…というエピソードも。 ☆高校時代にビジュアル系ロックバンドのボーカル兼ドラマーをしていたことがあり、ドラムの腕をテレ ビ番組や映画『ガキンチョ★ROCK』で披露している。 ☆ダンスやラップも得意とし、WEST SIDEでラップを担当した。 ☆「難波兄弟」というユニットでCDデビューを果たしたり、「おかん」でCDをリリースした。 ☆2003年2月〜5月、ストレスによる病気で仕事を休養した。 当時彼はかなり精神的に参っており、電車 にも乗れず、先輩であるFUJIWARAの藤本敏史が家に招いた(そのときはタクシーで移動)際、「本当に 誰もいないですか?」と何度もたずね、突然堰を切ったように号泣したかと思えば、おもむろに立ち上 がりすべての部屋の戸をあけ、人がいるのではないか、盗聴器が仕掛けられているのではないかと探し 回ったほど。 当時の口癖は、「死にたい・・・死にたい・・・・」。 休業中、100回は自殺を考えた と、復帰後に本人が明かしている。 復帰後、自殺願望はなくなったものの、マイナス思考は今も変わ らず。 当時は復帰する気はほとんど無く、相方が待っていると知ったときも、「何で俺なんか待って んねん?」と思ったという。 そして、謝罪するために西野の家へ入るや否や、泣きながら土下座し、謝 り倒した。 ☆休業がきっかけで、その間彼を支えていた女性と交際しその後結婚。復帰の翌年に離婚した。 ☆デビュー当時、「ナインティナインの岡村隆史」と言い張っていたらしい。 ☆ナイナイがテレビ番組で「イェイ!イェイ!」を拝借することが度々あった。 ☆ラルクのファンでもあり、ライブに行った事もある。西野はその時ライブのスタッフをしていた。 ☆東宝系の特撮ヒーロー映画「超星艦隊セイザーX 戦え!星の戦士たち」(2005年12月公開)にて、歌手 として主題歌を担当することが決定した。 ☆喘息持ちでもある。 最近それがひどくなり、激しい運動をしたりすると発作が出てしまうらしい。 |
初めまして、キングコングファンのニャンと申します。 西野っち・梶君のこと書いてるコピーさせてくださぃ!すぃません
2006/3/13(月) 午後 9:48 [ kot*1*9jp ]