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「深夜食堂」というマンガがある。
”食べ物に癒される系”の内容なのだけれど、
好きな人、いるのかな(まあ、いるんだろうな)。
先に書いておくけど実は、僕はこのマンガ、あんまり好きじゃない。
酒場の片隅に、吹き溜まりのように集まってくる人々。
求めるのは空腹を満たすちょっとしたご飯。
でも、決してデラックスな料理ではなく、ごくごく簡単な日常のメニューでいい。
むしろ、昭和を思い出すような、清貧さ漂うメニュー。
そう、タコの形に切った、赤ウインナー炒めとか(表紙をご覧ください)。
で、酒場のカウンターでたまたますれ違うような、それぞれの人生のほんの一瞬と、
清貧なメニューとの偶然の出会いが、毎回毎回テーマになっているワケダ。
もうくどいほどに、毎回毎回。
(前回紹介した)益田ミリのシンプルさに一見似て見えるかも知れないが、
似て非なるモノ、って奴だよこれは。
こちらはむしろ言ってみれば、劣化コピーした人情物語、
あるいは作者の内面をきちんと通過していない、似非(エセ)感動物語。
こういうのがウケル世の中なんだ――?
作品全体に漂う、”こんなもんでいいだろ”感というのか、
”こんな風に描けば感動ってもんだろ”感が、僕は嫌だ。
人ってこんなに単純じゃあない。
メニューの貧相さも、なんだか嫌だ。
質素や清貧が悪いとは言わない。そうではなく、嘘がこもっているのが嫌なのだ。
昭和の前半、人々は清貧だったのではなく、ただ貧乏だったのだ。
美味いものなどあまり知らなかっただけなのだ。
それしか選べなかったのだ。
懐かしいということと、それが良いものかどうかは別なことだ。
「三丁目の夕日」などフィクションだ。
もっとぎらぎら殺伐とした時代でもあったのだ。
だからこそ、人とのつながりもあったというだけだ。
そうしないと生きていけない世相だっただけなのに、
一面だけを懐かしがるなんて、記憶の怠慢というものだ。
…と、書いてはみたものの、
そこまで怒る必要は、このマンガに対してはないのもまた、分かっている。
軽いのだ。中身スカスカ。
ただここまで書いていて、ふと思う。
もしかして、このマンガに出てくるようなジャンクな日常メニューすらをも、
暖かく思える人も居るのかも知れない。
コンビニ食や冷食をチンしただけの食事で育った人も居るのかも知れない。
そういう人が、このスカスカの感動で満ち足りていたとしたら、
批判することが僕にはできるだろうか?
してみると、このマンガは
”感動のジャンク・フード”と言えるのかも知れない。
吹けば飛ぶような中身の無さは、決してお勧めできないが、
それしか手に入らない場合、仕方がないものなのかもしれない。
つまるところ、この作品や、この作品を好む人に文句をつけるより、
感動そのものがジャンクになってしまわざるを得ない状況に、
目を向けるべきなのかも知れない。
って、そこまで考えなきゃならないほどの
作品じゃないと思うけど、一応。
(変な終わり方でスイマセン)
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