日記
「ももへの手紙」 豊島は素通り 4前回は「乙女座」でしたね。 「若胡子」遊廓です。1924年に広島藩公認の御茶屋として建てられたものだそうで、屋久杉が使われている天井板や、薩摩から持ち帰った桜島の溶岩を練りこんだ土塀などが見れる。
江戸時代には、若胡子屋のように、藩から免許を受けた遊廓が4件あったそうです。その中でも唯一残るのがこの若胡子屋。この若胡子屋は一番栄えたそうで最盛期には100人以上の遊女をかかえていああたんだって。
日本もつい最近? 昭和33年の売春禁止法が施行されるまで
女の子が売られたり買われたりしてたんですよね。
悲しい歴史も残る御手洗です。
中に入れるんですが、入った事が無いです。
さて、斜向かいに「金子邸」です。慶応3年11月25日、長州藩は家老、毛利内匠指揮のもとに
7隊が26日夕方御手洗に来着しました。広島藩からは、これと会合するために24日、 御手洗で長州藩が来るのを待っていました。 そしてこの金子邸で長州との約定が結ばれ、その夜(翌朝) 震天丸を先発として、長・芸の倒幕軍は京阪へ向けて出発しました。 これが「御手洗条約」。 竜馬暗殺の数週間前に坂本竜馬、中岡慎太郎も「金子邸」で密談していたそうです。
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