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母の麦踏の思い出

私の母は狛江の泉龍寺の長女として生まれました。
同寺は映画(黒澤監督・地獄門)ロケ地にもなった、古風な寺で、母はお嬢様でした。
そんな母に薦める人がいて、戸塚倉田の盛徳寺に嫁ぎました。
盛徳寺は阿波の蜂須賀家のお寺、寺領があって不自由なく暮らせる・・・、期待されていました。
しかし、戦争、終戦、農地解放・・・・、多くの近郊寺院と同じく寺領を失いました。
お嬢様育ちの母は初めて農作業をしました。
蜂須賀の家人が寺守として寺山の裾に住んでいました。
そんな人に農作業の手ほどきを受けて・・・・・、白い手が土に染まりました。
そんな母の句です。
 
    朝霜や 百姓の手ほどき 不馴れにて   
    子を負いて 星をいただき 麦を踏む     (一江)
 
子とは戦後生まれの私の事でした。
星とは明けの明星のことでしょう。
イメージ 1
もう、枇杷は綿のような衣を着て、花を咲かせています。星ではなく、月を写しました。
 
盛徳寺は農地開放で略総ての田畑を失いましたが、少し、家族の食べる分は残されました。
自分で耕作していた・・・・・、説明が通ったのでしょう。
耕作人が全部取り上げたら・・・・、先祖に叱られる・・・・、配慮したのかもしれません。
残された農地の一つに柏尾川堰堤沿いの畑がありました。
倉田から戸塚駅西口に向かうと旭橋(旭町通りに続く橋)があります。
その橋を”カンカン橋”と呼んでいました。
鉄橋を下駄で渡ると、カンカン鳴ったから・・・、
それとも駅舎傍にある踏み切りの”カンカン”が響いてきたからかもしれません。
カンカン橋の畑は冬は麦畑、刈り取りが終わると落花生畑、芋畑になりました。
度々洪水になるので、背丈の伸びる野菜や雑穀は栽培出来ませんでした。
 
イメージ 2
  雨が降らなくてもホウレン草が育つのは霜や霜柱が降りて・・・、水やりをしてくれるから。
  今頃の野菜が一番に美味しいのは、寒いからです。
 
冬の日の朝早くから、母は私を負ぶって麦踏に精を出したのでした。
父は住職でしたが、寺の仕事は稀にしかないので、事業をしていました。
ですから・・・・、良くあるように・・・・・・畑作業は女一人でした。
麦踏は未だ背丈の低い麦を踏む作業です。
地下足袋を履いて、霜柱の上を踏みつけます。
霜柱はザック、ザックいって折れてしまいます。
霜柱で浮き上がっていた麦の根は地面に戻ります。
日が射せば霜柱が溶けて、水遣りになります。
地面に戻された根が水を吸い上げます。
更に、踏まれた麦の若芽は株を増やします。
麦は上に伸びるよりも、横に伸びて根株が太く大きくなります。
麦踏を怠れば、数本の穂が立って、微量の収穫しか出来ません。
麦踏をシッカリ行えば、根株が張って沢山の穂がたって、大量の収穫が可能になります。
 
イメージ 3
                                                     舞岡の麦畑
 
母が昔話をすると必ず言いました。
私が母に小言した・・・、と言うのです。
”学校の授業参観に来る時は、こ綺麗な身なりに着替えて来て欲しい・・・”
私にはそんな事を言った・・・、記憶はありません。
でも、教室の後ろに並んだお母さんの中で私の母だけが農作業の姿で居た事は記憶しています。
それを、子供心に気にしてもいました。
 
イメージ 4
      今頃の麦は上に伸びず、横に育つ事が大事です。その為に麦踏をしました。
 
我が家の居間には1枚の油絵がかかっています。
伊那の高遠を遠望する絵です。
遠い山並みが南アルプスの仙丈岳です。
中程の桜が高遠の城址公園です。
手前の畑でモンペ姿の女性が草むしりをしています。
葱が青々と育っています。
モンペ姿の女性が母の姿を髣髴させます。
 
イメージ 5
                                           母の後姿を宿す高遠の絵(向山僚一)
 
倉田と隣の舞岡の間には畑が残っています。
今年も麦が育てられています。
観察しているのですが・・・、麦踏をした形跡も、麦の柵(さく)を土盛りもしていません。
種を撒いた儘のように見えます。
昔の麦作りに比べれば、随分手抜きです。
だから・・・、麦踏と聞いても若い人には何の事か解らないでしょう。
イメージ 6
 
母の歌が聞こえてくるようです。
それは、早春賦です。
  春は名のみの 風の寒さや
  谷の鶯 歌は思えど
  時にあらずと 声も立てず
  時にあらずと 声も立てず
 
イメージ 7
                 風の寒さは鳥とて同じ、毛を立てて啼きもせず、膨らんでいます。
イメージ 8
  麦畑の土手には大犬のフグリの花が咲いて春が来ています。空の色も陽の光も春になっています。
  青い葉は彼岸花です。今光を浴びて秋に咲く花に向けて滋養を球根に蓄積しています。
 
イメージ 9
                                        舞岡の麦秋は5月末ごろになります。

  追記:母は89歳で天寿を全うしました。私は生前に句集を発刊しました。(馬と鹿との歩いた蓮華道)
      文中句はその中から紹介しました。
 
 
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子を負いて 星をいただき 麦を踏む
この句には感動を覚えます。
私の育った世田谷の家も麦畑に囲まれ、雲雀の鳴き声の中で遊びました。
麦踏みも季語の中にだけ生きているようで少々淋しい思いがします。

2012/2/11(土) 午前 9:45 [ pok**hino*324 ]

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子を負いて星をいただき麦を踏む

このような光景を見たような気がします。二毛作の時代でした。
お母様の句に☆ そして 高遠の春に☆

2012/2/11(土) 午後 7:17 totonnbo

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母の句を誉めていただき・・・・、有難うございます。
世田谷街道を西に、多摩川の前が狛江です。狛江駅の西側は母の生家の泉龍寺です。境内の湧き水が泉駅の謂れでもあります。是非、お立ち寄りください。武蔵野のたたずまい色濃いお寺ですよ。

2012/2/12(日) 午前 8:34 [ yun**ake200* ]

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