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死と再生

 長い間留守にしていて、申し訳ありません。2014年から2015年は私にとって怒涛の一年でした。自分の気持ちを整理するために書いたので、とても長くなってしまいました。よろしければ、お手すきの時に読んでください。

 2014年1月に姪っこが誕生して、初孫誕生の喜びで両親含め家族は湧いていましたが、しばらく体調不良が続いてから、2014年9月に母が膵臓がんと診断され、2015年1月25日に永眠しました。

 抗がん剤治療を受けて、母はしばらくの間、周りがびっくりするほど元気だったのですが、年末に腹水が貯まり、手の施しようがなくなって2015年1月3日に緊急入院。それから三週間ほどで亡くなったので、私も含め、父、弟も母の死をしっかり受け止められない状態が続いてました。

 母は自分の病気のことを周りの人に知らせると気遣われることを嫌い、近所に住んでいて知らせざるをえない父の姉弟たちと、自分の友人2人にしか話しませんでした。自分の兄姉にすら、本当に亡くなる寸前まで話さずにいたのです。

 私にも、私と中学以来の付き合いで、母ともよくハガキのやり取りをしていた友人だけに知らせて良い、と言ったので、他の友人には全く話さず、事後報告になってしまって申し訳なく思ってます。

 がんと診断されてから、母が私たちの知らない間に色々と自分で準備していたことが、入院中に分かりました。

 亡くなる一週間前に、「写真はあそこにあるから、使ってね」と二人になったときにさらっと話したので、何かな?と最初は思ったのですが、「あ、遺影のことか」と気づいたので「うん、わかった」と言い、実家に帰ってから確認したら、言われた場所に、きちんと写真館で撮った写真がしまってありました。いつの間にかひとりで撮りに行ったものでした。父も、そろそろ必要になるかもしれない、用意をどうしようと思いながら言い出しにくかった矢先だったので、母が私に話したのは驚いたそうです。

 病気がわかってから、二人になると「私がいなくなったら倉庫の食器は処分しても良いから」とか「洋服は伯母ちゃんに送ってあげて」「お父さんはまだ自分が家事のサブだと思ってる。リーダーになることを自覚してもらわないとね」などなど、当たり前に話してました。思い出すとちょっと悲しくなったりしてましたが、一緒に話しているときは普通〜に聞いてました(笑)。

 今すぐじゃないけど、母はいずれいなくなるんだなぁ、と強がりではなく、それが自然なんだ、と感じていました。今まで一緒に過ごしてきた先代文鳥の千尋やハムスターの千代之助たちがいつかは去っていくことを受け入れた時の感覚と同じでした。

 母の病気がわかる少し前に弟一家は仕事で一年間パリに行くことが決まり、両親もそれからの抗がん剤治療がとても順調だったから「来年には孫にまた会えるから、それまで頑張ろうね」と笑い合っていたそうです。

 翌年の9月帰国の予定だったのですが、ビザの関係で偶然にも弟たちが一時帰国することが決まったのが、母の具合が悪くなってからで(母の具合が悪くなったから帰国、ではなかったのです)、まるで大いなる存在に導かれるようにがんセンターの大部屋にいた母が個室、それから緩和病棟に順調に移ることができ、亡くなる前日に孫の顔を見ることができました。

 がんセンターで緩和病棟に移るには、主治医の判断だけではできず、複数の先生たちが話し合い、空きがあれば移れる規則になっているそうでしたが、今思うと母の状態は相当悪かったのでしょう、すぐに移ることができました。

 姪っこの顔を見た時の母の顔が忘れられません。パァーッと、顔じゅうに笑顔が広がりました。本当に、この一瞬のために頑張っていたんだなぁと思いました。満足したのか、その翌日の15:25に家族、親戚に囲まれながら永眠しました。きれいに晴れて、寒い日でした。

 孫に無事会えた夜、大阪から駆けつけてくれた伯母と夜付き添いをさせてもらいました。私は眠る前に本を読むのが小さい頃からの習慣だったのですが、結婚してからはオットがこれをさせてくれないことに常々不満を感じてました(「早く寝ろ寝ろ」とか「眩しいから明かりを消せ」とうるさい(- -#))。

 でも、この晩は久しぶりにゆっくりと、時間を気にせずに思う存分好きな本を、母の様子を見ながら読むことができました。母と過ごした最後の夜だったのですが、そんな気持ちがあったので、今思い出しても、不思議と、なんだかとても満ち足りた気持ちになります。

 結婚してからずっとイエス様の愛を信じて、教会にも通ってましたが、今回母が病気になってからはどの神様にもお祈りを捧げませんでした。神に祈るよりも、母のそばにいて、母の言葉、思いを聞きたい、触れて痛みを癒してあげたいと思っていました。

 そうして、ふと気づくと若い頃に信じていた言霊信仰に戻ってきました。神様はいると思うけど、でも、特別どこかの宗派や宗教にこだわる必要はないのかな?と思うようになりました。

 それでも、良い気、悪い気はあるし、感じます。母が亡くなってから、これらを感じる感覚が以前より鋭くなって、明らかに具合が悪くなるので、悪い気が溜まっている場所には近づかないようにしてます。

 動物がいる部屋には悪い気が集まりにくい、と聞いたことがあります。うちはずっと万作がいるし、今は元気印の文もいてくれるから安心です♪

 母はこの地からは離れたけれど、どこかから見守ってくれてると感じます。時々面白い映画を観た時や、新しい洋服を買ったり、笑える話を聞いた時に「あぁ、母さんにこれを話したらなんて言うかなぁ」と思いますが、まぁ、そのうち私も母に会えるだろう。その時に話すことにします。

 写真は、2月、文の2016年2回目の卵です。1回目は3個でしたが、2回目は5個。毎回卵ドロボーをするのは気がひけるのですが、今年も盗みました(笑)。命を削って産んだ卵、本当にキレイです。でも毎回心臓に悪いから、できればもう産まないでほしいなぁ。。。

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