『有識者』会議は非公開。

イメージ 1

丸森で健康調査実施へ 宮城県 不安解消に向け方針』

 宮城県は25日、宮城県丸森町筆甫・耕野両地区で、福島原発事故にともなう住民対象の健康調査を実施する方針を決めた。この日あった『健康調査の必要性を検討する県の『有識者』会議は『非公開』で行われ「健康に影響はない」との見解をまとめたが、住民の不安解消に向けて「調査は必要」と判断した。

 福島県に隣接する丸森町の保科町長は「子どもの健康状態に問題がなければ町民も安心する」と実施に期待する。

 対象地域となる丸森町筆甫・両地区の住民らは、調査実施を歓迎する一方で「これまで対策に消極的だったのに」と県の姿勢を訝る声もある。
  
 一方対象地域が限定的なことなど、住民には割り切れない思いがある。通学路除染などに取り組んでいる筆甫の住民自治組織「筆甫地区振興連絡協議会」吉沢事務局長は「福島のように生涯にわたり継続するのか?県は調査の既成事実をつくり、お茶を濁すのでは?」と疑う。耕野地区、農業石塚氏は「この2地区で何も出なければそれで調査は終わるだろう。宮城県は不安を抱える住民と向き合っていない」と話す。
 
 健康調査対象は、調査を希望する子どもを想定。甲状腺の超音波検査のほか、ホールボディカウンタによる内部被曝測定も検討。詳細は今後詰める。対象は数十人規模になる見通し。
 
 宮城県の岡部健康副支部長は『有識者非公開会議』後の取材に対し「健康への影響がないことを確認するための調査で、検査項目は絞り込む」と述べた。
 
 宮城県の推計によると丸森町筆甫・耕野両小学校で年間放射線量は、それぞれ4.1mSv、2.8mSvとなっている。
 
 宮城県庁での『有識者会議』は『非公開』で行われ、5人の委員は「科学的、医学的な観点から健康への影響はなく、健康調査の必要はない」との見解で一致したものの宮城県の健康調査実施については理解を示した。
 
 宮城県は調査を実施した上で、分析結果を次回の『有識者』会議に報告する。開催時期は未定。調査後の対応の在り方について委員の意見を聞く。
 
 

以上本日付の河北新報から抜粋しました。
『有識者』会議ですと。『科学的、医学的な観点』だなんて笑ってしまうんですけど。
たかが数十人の調査で、何がわかるというのか。
それっぽっちのデータで『科学的・医学的』クチにするつもりなのだろうか。
安全論者の見解には、いつだって根拠が見当たらない。
危惧を訴える根拠?
放射線測定器の平常時よりも高い放射線量は放射能汚染を示す明らかな証拠である。
平常時とはちがう。
のん気にしていられない理由は、それでじゅうぶんではないか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック

目を閉じ生きることは容易い。#04 追記・完結編

イメージ 1

 現在の食品における暫定基準値や、その検査体制の甘さは、厳格な基準を適応した場合の明確な責任の所在と放射線被曝と健康被害の因果関係を曖昧にするためのカモフラージュに過ぎません。政府や自治体を信じることができない、不信感を募らせる原因を作ったのは、何よりも政府と自治体に他なりません。

 まさか政府や自治体や学校の福島原発事故における過剰な放射線被曝への対応が、これほど目も当てられないほど酷いものだとは夢にも思っていませんでした。震災後停電で真っ暗な夜、ラジオを頼りに固唾を飲んだ福島原発事故のニュース。水位低下の結果原子炉がどうなるのか。メルトダウンという言葉も、その意味も知っていました。「燃料棒が水面上に露出した」その時点で、もう手遅れだと思いました。

 それでも安心を得ようとインターネット上で様々な情報・資料を読み漁るにつれて、各種メディアや安全を謳う『専門家』の言うことに対する疑問が大きくなりました。危険だとする意見に対し、安全であるという発言には、まったく、その根拠が見えなかったからです。放射能に対する危惧の念は、この頃芽生え、現在に至ります。4月下旬から5月の連休明け頃のことです。

 学校では土埃舞う校庭で運動会開催、直接土や草に手が触れる草むしり、原発事故以降も水を溜めっぱなしのプール掃除や、カタチばかりの水質検査の下実施されたプール学習、水道水から放射性物質が検出されているにもかかわらず水筒持参禁止、おそらく『大人の事情』が理由で給食の放射能検査実施不可。

『いつもどおり。例年どおり』現実を直視せず『理想』ばかり最優先。子どもたちより『大人の事情』が大事。安全確保には過剰といえるほどの安全マージンは必要ない?『程度』云々はあくまでも主観。その主観に責任を持たないくせに知識も裏付けもないくせに『安全』を断言。 

 二言目には『問題の無いレベル』言い切るには、それなりの裏付けが必要なはずなのに、その根拠は『暫定基準値』と。

 ならば伺いたいのですが『暫定基準値』の安全たる根拠は何なのか示してほしい。『政府が言うから。県の指示により』きっと、それしか理由は存在しない。
 
 すべてを誤解したままで、目を閉じ生きることは容易い。
 
 放射能は消えて無くなるということは決してありません。手をこまねいているだけで解決する問題ではありません。いくら安全宣言を繰り返しても、言葉には放射能を取り除く作用はありません。

 『安全宣言』のために口を動かすよりも、積極的な放射能対策こそ、頭と体を、心を使って成し遂げるべきものと存じます。

 
 
 
 
 
 
 
 
 


閉じる コメント(2)

閉じる トラックバック(0)

目を閉じ生きることは容易い。#03

イメージ 1

問題があるのか、ないのか。何もわからないというのが実状でしょう。それでも自治体は『安全』を宣言する。はじめから確定した『安全宣言』という目的のための『安全宣言』に過ぎないことは、福島原発事故発生から今日に至る日々での政府・自治体の対応を見れば一目瞭然です。

 宮城県による牛肉の放射能検査。実施し放射性物質が検出されても暫定基準値以内であるとし『安全宣言』の下、全国に向け出荷され他県での放射能検査にて基準値超えの値が検出されるというお粗末さ。これでは本当に検査を実施しているのかとの疑いが生じるとともに『宮城県産』の名を汚します。

 そもそも検査実施をうたいながら、その検査結果公表は、暫定基準値を超えたか、超えないかということばかりで、具体的な数値などは一切明らかにされず、村井宮城県知事に至っては「具体的な数値を示しても、消費者は、その意味を判断できない」と発言する。だから検出された実際の値は公表しないと。

 自治体が積極的な放射能対策をとらない理由は何でしょう。測定データの数値的な低さに甘え『まちをきれいにする、もとに戻す』ことを放棄している。地域への愛情がまったくみられない。目に見える事柄だけが『復興』ではない。

 海岸に瓦礫の山を築き、千年の希望を託すなど、スケールが大きすぎて、あるいは次元が違いすぎていて、いまだにその瓦礫の山が本当に必要なものなのかどうか、判断しかねております。

 津波対策は、もっと単純に考えても実現可能です。今回の大津波で被害を受けたエリアには、人家を置かなければよいだけの話。そうすれば堤防も、以前のものと同規模で事が足りる。海岸沿いに必要なのは、津波の影響を受けにくいエリアに短時間で退避するための避難経路。まっすぐで交差点のない道路。

 『千年の希望』まるで夢のようなものに費用を投じるよりも、現実に必要なものにこそ知恵や労力や費用を集中すべきです。目に見えるものには、その見栄えに心を奪われがちです。しかし本質を抜かしてはいけません。

 低線量といえども、放射能は確実に身近な生活圏、あるいは日常生活そのものに存在しています。平常時より高い測定データが、その証拠です。それこそが放射能への危惧の本質です。本質を見ない『安全宣言』は、現実からの逃避です。

 検査の実施という事実だけで『安全』と称される食品や水を摂り、内部被曝と共にこれからを生きてゆくことを自治体は市民に強います。低線量被曝は長い時間をかけて、健康への影響が出始めるものといいます。長い時間がかかるということは子どもたちの身体への影響が、もっとも出やすいということです。

 10年後20年後。その時になって、はじめて影響があらわれる。じつは、その時のための逃げ文句は、既に用意されていて、おそらくこう言うでしょう。「放射線被曝との因果関係は認められない」政府は少なからずこう言い、都道府県や市町村などの下級行政機関は、政府の口上を盾に「政府の指示により」との見解に留まるでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック

目を閉じ生きることは容易い。#02

イメージ 1

市内で測定されたデータが低いので安全、ゆえに除染は必要ないとのことですが、低いとはいえ福島原発事故以前の値と比較すると、間違いなく高いデータと思われます。つまり高い分だけ過剰な被曝を強いられていることになります。空間線量は外部被曝、食品や水に含まれる放射能による被曝は内部被曝。

 外部被曝と内部被曝を合わせてどのくらいの被曝になるのか検証が必要なはずです。これまでも自然放射線やX線等による被曝が存在しましたが、現状は、これらにプラスして福島原発由来の放射能による被曝が外部、内部被曝ともに過剰です。この過剰な被曝は、市民一人ひとりにとって未知の被曝です。

 低線量被曝は影響が出るまでに長い時間がかかるといわれます。今年3月の原発事故以降の人生における長い時間とは。すなわち「これからの人生」のこと。「これからの人生」が長いほど低線量被曝の影響が現れやすいと考えられます。現時点以降「これからの人生」が最も長いと考えられるのは誰でしょう。

 平均寿命からみて80代90代のお年寄りよりも子どもたちのほうが「これからの人生」は遥かに長いはずです。

放射線は人体のどの部分に影響を与えるのか。それは遺伝子であるといわれます。放射線被曝をすると遺伝子を破壊されるそうです。低線量被曝では、その破壊・影響も小さいはずですが、原発事故の下、現状では自治体による積極的な対策が行われないため、低線量被曝は長期間に及ぶものと考えられます。

 つまり『放射線による』遺伝子の軽微な破壊が長期間に渡り日常的に繰り返されます。遺伝子の破壊は放射線以外にも要因があるといわれます。しかし現在の過剰な放射線被曝による遺伝子への影響は、福島原発事故さえなければその要因には、ならなかった。明らかに余計な遺伝子破壊要因といえるでしょう。

 低線量被曝の延長線上にある答えには何ひとつ断言できるものがない、見つかっていないというのが放射線防護学界でのコンセンサスであるといいます。ゆえに危険回避への安全マージンとして『年間被曝上限1mSv』日本での自然放射線被曝を年間約1.5mSvとしてプラス『年間被曝上限1mSv』

 1mSvは、あくまでも上限です。1mSvまでは安全であるという境界線ではありません。まして100mSvの被曝などケタが違いすぎる。現実離れしています。現状をまったく把握・反映していない。したがって川島氏の『安全』発言と、氏の発言を根拠とする『安全宣言』は間違いであると断言します。

 もっとも『安全宣言』に辿り着くまでのプロセスとして、川島氏の見解だけでは根拠として成り立たないので、もしかしたら、もっとほかに、自治体の『安全宣言』に至る経緯があるのかもしれません。それは善意によるものなのか、悪意によるものなのか。一市民としては、何もわからない。

 ゆえに『安全宣言』を疑わざるを得ない。認めるわけにはいかない。











閉じる コメント(4)

閉じる トラックバック

目を閉じ生きることは容易い。#01

イメージ 1

 天災である巨大地震と大津波による甚大な被害は目に見えるものであるため、復旧復興の兆し、その進行状況も、私たちは自らの目で見て、確認することができます。大勢の方々の善意とご尽力により、着実に復興への歩みを続ける姿には、深い感銘を抱くと共に、心から感謝の意を表さずには居られません。

 しかし人災である福島原発事故の被害状況は、いかがでしょう。原発事故で危惧すべきは放射能漏れであるということ、すでにご承知のことと存じます。放射能は、直接、肉眼では確認することができません。

 ともすれば、この「見えない」ということを言い訳にし、あるいは「直ちに影響はない」と都合のいい解釈をし「安全宣言」に置き換えることは政府、自治体が本来「直ちに」実施すべきである対策を先送りにしている、もしくは全く実施する考えがないことを「宣言」していることに他ならないのではないか。

 すなわち、放射能の実態・実状を的確に判断するためには、測定器の使用と徹底した測定以外に成す術がありません。行政・自治体による放射線測定は、現在では確実に行われていることを存じ上げております。しかし測定そのものの目的と測定データの適正な利用については少なからず不満を抱く所存です。

 政府の示す基準値である1μSv/hを下回る測定値であれば、一切の対策を施さないという姿勢は、市民の健康、安全を守ることをおろそかにすることに他ならないのではないか。今回の原発事故による放射能漏れについて、危惧すべきは『低線量の長期被曝』に他なりません。

 川島隆太氏講演資料によると「一度に100mSv被曝したときに」はじめて健康への影響を及ぼす『確率が高くなる』とのこと。ゆえに、現在観測されている測定データであれば「まったく問題ない」とする見解は当然のことのように思えます。

 しかし、現実に『一度に100mSv』ほどの高線量を被曝してしまう状況が考えられるでしょうか。現実にあり得ない状況を、日常生活を送る現実の世界と単純に比較してしまってよいものなのでしょうか。

 『一度に100mSv』以下は安全なら飯舘村の避難は必要ありません。なぜ全村避難なのでしょう。なぜ除染が必要だというのでしょう。食べ物についても同様です。なぜ『500Bq』以上は出荷できないのでしょう。「一度に100mSv」以下が安全なら基準値など、そもそも必要ありません。 

 『低線量の長期被曝』はデータがないとし、ゆえに安全であるというのはあまりに短絡的で、信頼の置ける科学者としての発言とは思えません。一人の専門家の偏った意見のみで安易な『安全宣言』は発するべきではないし、自治体の公式な見解が必要ならば、じゅうぶんな考察の末、宣言すべきでしょう。 

 現在の「安全宣言」は根拠に乏しく、一方に偏った見解であり、不完全であると判断せざるを得ません。













閉じる コメント(2)

閉じる トラックバック(0)

[ すべて表示 ]


.

yut*k*nayu*a
人気度

ヘルプ

Yahoo Image

標準グループ

登録されていません

開設日: 2010/8/12(木)


プライバシーポリシー -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2012 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.