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懸念されていたことですが、ミャンマーことビルマの民主化運動が軍部独裁政権によって大弾圧を受けています。
無抵抗なデモ行進を続ける僧侶に向かい治安部隊が銃を向け、しかも引き金を引いたのです。
そして、軍部独裁政権の弾圧に憤りを抱いた一人の日本人ジャーナリストが殺されました。
(産経新聞9月28日3時1分配信)
『大規模な反政府デモが続き多数の死傷者が出ているミャンマーで、ニュースプロダクション「APF通信社」(東京都港区)と契約するカメラマン、長井健司さん(50)の死亡が27日深夜、確認された。長井さんは「戦場ジャーナリスト」として知られる存在。外務省から電子メールで送られてきた遺体の写真を見て、身元を確認したAPF通信社の山路徹代表は「長井を迎えに行かないと…」。知人らも突然の訃報(ふほう)に言葉を失った。
「残念です」。この日午後11時半すぎに報道陣の取材に応じた山路代表は、こうしぼり出すのが精いっぱいだった。外務省から送られてきた3枚の写真。そこには変わり果てた長井さんの姿が写っていた。写真は長井さんの遺族にも同時に送られたという。
長井さんの口癖は「誰も行かない所には誰かが行かないと」。山路代表は「優しい性格だが怒りを持って現場に入った。また、バンコクでHIVに感染した子供を取材するときなどには、温かい目線で取材していた」と語った。「取材経験も豊富で、ある意味では用心深い男でもあったのに」とも。
APF通信社は、日本初の紛争地域専門のニュース取材会社として、平成4年に設立。同社によると、長井さんは愛媛県出身で独身。もともとフリーの記者兼カメラマンとして活動していた。これまでアフガニスタンやイラクといった戦闘地域などで取材し、撮影した画像や映像、リポートが民放で放映されることもあった。
長井さんは25日、ミャンマー情勢が動いたため、それまで取材していたバンコクから空路でヤンゴン入り。ミャンマーは初の訪問で、取材は1週間を予定していた。
長井さんが最後に連絡を入れてきたのは27日昼。「町の取材を続ける」という長井さんに対し、山路代表は「気を付けて」と声を掛けたという。次に入る予定だった午後4時半の定時連絡はなく、それっきり電話は通じなくなった。
長井さんの愛媛県今治市の実家では28日未明、母親の道子さん(75)が「夜8時過ぎに外務省から電話があった。動転している。ミャンマーに行っていたのは知らなかった」と話した。
道子さんは「最後に里帰りしたのは3年前。仕事でアフガニスタンなど紛争地帯に行っていたのを聞いて、危ない所には行かないでと話していたのに…」と語った』
ミャンマーを軍隊の力で押さえ込むタン・シュエ議長率いる独裁政権。
国の名をビルマからミャンマーに勝手に変えたと同じように、国内の法律を自分たちに都合良く変え、民政移転の約束に際しても軍部の利権を担保する条項を入れるなど、まさにやりたい放題の独裁国家なのです。
しかしこの独裁政治が維持できている原因は軍事力だけではありません。
中国やタイなど、ビルマの天然資源を手に入れたいという欲深い国家が国際的な後ろ盾になっていたから出来ることであり、直近の国連の場でも中国が非難決議に反対した為、「遺憾の意」しか表せない内容になっています。
生命と財産を守らなければならない国民に向かい引き金を引く“ミャンマー軍事政権”と、心根の部分で中国もタイも同じ様なものと断じざるを得ません。
では我が日本はどうでしょう。
実はもっと姑息で、表向きはアメリカと同じように民主化を支持している顔を見せるのですが、実際は中国やタイと同じで、ビルマの天然資源を手に入れたいが為にODAという名の“袖の下”を軍事政権に与え続けてきたのです。
ODAが行進国の国民の為になるのならば人道的な貢献と言えるでしょう。
しかしこれまでのODAを見れば分かるように、形ばかりのインフラ整備にその資金が回ることはあっても、実際にその金は工事を請け負う日本の大企業に回ったり、政府首脳の懐の中にスッポリ収まっているのです。
国民の生活が豊かになっていれば、誰が民主化を叫び、銃口に向かって後進するでしょう。
特に独裁国家ではその傾向は顕著です。ミャンマー軍事政権も同じです。
タン・シュエ議長の娘の結婚式をテレビで見た国民は、自分たちの暮らしぶりと比べたその豪華さに強い怒りを覚えたそうです。
何故、我々はこんなに貧しいのにあいつらはあんなに豊かなんだ!と。
そうした国民の怒りの矛先となっているミャンマー軍事政権を助けるようなODAを行う日本は、民主化運動を唱える人々を弾圧する銀地政権の支援を行っていないわけで、国際的な非難を浴びても仕方のない状況なのです。
そんな中での長井さんの死です。
彼はタイで取材中だったが、ミャンマー軍事政権の弾圧の動きを知るや急遽、怒りを胸にヤンゴンの町へと向かいました。
そして戦場カメラマンとしての信念と使命感に燃えて取材をしていたのです。
ビルマの国民に向かって銃を発射する治安部隊をジャーナリスト魂に燃えて撮影していたに違いありません。
実はイラク戦争でもそうでしたが、軍隊の極悪な所行を撮影するジャーナリストはその残虐な軍隊によって“ねらい打ち”にされることがあります。
自分たちの悪辣な行為を撮影して証拠を残そうとするカメラマンを消すため、狙って打つのは当然と言えば当然のことなのです。
こうした時、軍隊は必ず「流れ弾に当たった」と発表します。
今回、ミャンマー軍事政権と日本大使館は「長井さんが流れ弾に当たって死亡したらしい」というコメントを発表していますが、この事を鵜呑みにしてはいけません。
無抵抗で祈りをしながらデモをする僧侶に向かって銃を発射する独裁政権です。その有様を取材するカメラマンを放っておく筈が無いじゃありませんか。
長井さんは民主化運動を取材することを妨害され、殺害されたのです。
アジアの盟主を気取る日本政府であれば、こうした時こそもっと積極的にミャンマーの軍事政権に向かって非難し、抗議し、制裁を科すべきですしその責任があるでしょう。
もし福田政権がそうした積極的なアクションを起こさず、今までと同じ様な「遺憾です」という言葉を語るだけの曖昧な態度をとり続けるとすれば、福田総理の指導力や信念が大したもんではないと国民も知るべきでしょう。
2007年9月27日。
日本人ジャーナリストが民主化運動を取材中にミャンマー軍事政権の治安部隊に殺された。
この事を全マスコミと日本国民は決して忘れず、胸に刻みつけるべきです。
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本当ですね・・・。
つい先ほど、テレビ番組の中で
やはり「流れ弾」ではなく「狙い撃ち」された
可能性が大きくなってきた、と報道されていました。悲しい怒りを覚えます。
2007/9/28(金) 午前 11:28
合掌
2007/9/28(金) 午前 11:51
アジアの中で…北朝鮮以外にもこんな国があったとは……。合掌
2007/9/29(土) 午前 9:29 [ mizujiji66 ]
ODAについて、抜本的に見直すべきだと思います。
2007/9/29(土) 午後 2:25 [ rya*57*4*p ]
関連記事から来ましたが
何故に、報道の自由も無い。人権も存在しないのでしょう。
豪華なホテルや、なんやの資金は、日本からも援助しているお金なんです。
そのお金で、武器も持ってて、人を殺している。
許せないですね!。
★トラバさせてください。
2009/7/6(月) 午後 0:59 [ TAKA ]