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昨日は福島第一原発事故に対する「国会事故調査員会」の参考人招致が行われ、日曜日の枝野官房長官(事故当時)に続き菅直人総理(事故当時)が参考人となりました。
菅元総理が事故に繋がる原因になっていなかったか?
事故後の対応は適切だったのか?
今まで散々言われてきた疑問が委員の口から問い糾されました。
結果的には全て言い訳と自己正当化のオンパレードに終始し、自分に都合の悪い部分に関しては「委員会の方で解析して下さい」という逆ギレとも思える捨て台詞を吐いていた菅さん。
事故から14ヶ月も経つのにまだこんな事をやってるのか!?と呆れた人もきっと多いはずです。
そんな昨日の夜は毎週私が注目している「嵐」の櫻井翔君がキャスターを勤める日でもあります。
テーマは事故から14ヶ月経った被災地で今も必要とされている支援についてのものでした。
震災で孤児になった子供達をどう支援するか?
東日本大震災で親を亡くした孤児の数はー
岩手県で91人。宮城県で126人。福島県で12人の合計241人もいます。
翔君が取材に訪れたのは宮城県内最大の葬祭業者である「清月記」で、同社の社員雄姿が宮城県の孤児支援を行おうとNPO法人「JETOみやぎ」を立ち上げていたのです。
聞く所によれば、同社は事故直後に葬儀を行う余裕のなかった犠牲者を仮埋葬し、その後、落ち着きを取り戻してから本葬を営むなど、私も初めて聞くような過酷な環境の中で被災者の皆さんと正面から向き合ってきた「おくりびと」達です。
そんな「おくりびと」達が遺族と寄り添う中で、親を亡くした多くの孤児の事を目の当たりにしたそうなのです。
何とか彼らの力になりたい!
そうしてNPO法人「JETOみやぎ」は創設されました。
彼らの支援対象者は宮城県内126人の孤児達。
彼らに対して返済義務の無い支援金を給付する為に支援金を集め、就学支援や心のケアを行っていると言います。
翔君が取材したのは「JETみやぎ」に登録している中学3年生の佐藤亮太くんと、里親になった叔父の佐藤弘樹さんの二人でした。
あの震災の津波によって母親を亡くし、天涯孤独となった亮太君を叔父の佐藤弘樹さんは迷うことなく里子として受け入れることを決めたそうです。
14才の男の子には重すぎる悲しみと苦しみを背負うことになった亮太君ですが、今は大好きな野球を高校に行っても続けたいと思い、叔父さんに対しても心を開くようになったとか。
彼の言葉で印象深かったのは、「一人でいると寂しくて嫌な思い出が蘇ってくる。みんなと仲良く一緒にいるのが良い」という言葉。
今でも確実に彼らの心の中にあの大震災と大津波の恐怖が息づいていることを感じました。
そして、その不安や恐れを癒してくれるのが16才しか年の離れていない叔父であり、今は里親になった佐藤弘樹さんなのです。
震災から14ヶ月。
確かに復旧や復興の為には公的援助である資金が必須です。
同時に個人レベルでも生活の立て直しのためには寄付や公的資金援助が必要でしょう。
福島県に関してはまだまだ復興の鎚音は遠く、原発事故の原因究明は更に遠く、日本の活力はそうした政府の遅い対応によってますます後退しているのではないかとさえ思います。
原子力安全保安院の代わりに4月に立ち上げる予定だった規制庁は法案さえまだ審議されておらず、いつの間にか消費税増税や小沢もと代表の「政治とカネ」と言うどうでも良いような事柄だけが空回りする始末。
震災の被災者は今も雛所に暮らし、仮設住宅に暮らしているのに。
14ヶ月の避難生活に絶望した男性の自殺もありました・・。
被災者の心の問題はお金では解決出来ません。
孤児達も同様です。
誰にも言えない悩みや不安を解消するのはやはり身近な存在の家族であり、コミュニティーであり、国家です。
そして孤児にとっては「里親」という存在が必要なのです。
14ヶ月が経った今も被災地ではまだまだ支援が必要です。
支援の形も震災直後とは微妙に変わり、翔君がレポートしたケースのように、親を亡くした孤児達一人一人に合った支援が重要ですし、彼らの境遇に見合った支援の形があるのだということを改めて知りました。
にもかかわらず、今も事故の原因を究明できず、自己保身と弁明に走る国のトップだった者や現閣僚の姿に大きな憤りを感じます。
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