いちご畑よ永遠に

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2012年2月10日

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インド34日間 ニューデリー ガーンディー記念博物館、マウリヤ・ホテル内のレストラン「ドゥン・プク」 ブラーナー・キラー

イメージ 1ニューデリーのガーンディー記念博物館。インド旅行34日間の33日目。平成23年12月11日(日)。旅行の実質的最終日。ニューデリー空港JAL740便20時20分発までのデリー観光。ガーンディーが暗殺された旧ビルラー邸にあるガーンディー記念博物館はオールド・デリーのラージ・ガートにあるガーンディー博物館とは違い、ニューデリー地区にある。メトロに乗り、最寄駅から歩くと、オールド・デリーの猥雑さと正反対の閑静な大邸宅が並び、警備員まで配置されている。クラリッジホテルを過ぎ、軍隊が守備する施設の反対側に記念博物館はあった。歩き方には9時開館とあったが、10時からと言われ、しばらく待った。入口から入ると、左側に邸宅があり、正面には展示パネル付きの簡易ホールがあった。

イメージ 2旧ビルラー邸。インドの財閥ではタタ、ビルラ、リライアンスの三大財閥が有名で、インド北西部ラジャスタン州の砂漠の民であったビルラ財閥のシブナライン・ビルラは第一次世界大戦の戦争景気で財を築き、貿易から工業へと事業を拡大していった。このビルラー邸にはマハトマ・ガーンディーがしばしば寄宿し、ネルーなど独立運動の指導者たちもビルラー邸に滞在し、国民会議派の会議場として使用していた。
博物館の入口に近い棟のサンルーム的な部屋にガーンディーが暮らしており、邸内にある寺院まで中庭を通って祈りを捧げるのが日課であった。

イメージ 3旧ビルラー邸の中庭は広い芝生に覆われ、奥に寺院があり、その右手前に暗殺された場所を示す東屋がある。

イメージ 4中庭の東屋。1948年1月30日午後5時17分、寝室から寺院へ向かう途中のガーンディーはヒンドゥー原理主義者の青年に射殺された。

イメージ 5ガーンディーが暗殺された場所に立つ石碑。

イメージ 6簡易ホールの展示パネル。イギリスの進出、1857年のインド大反乱、植民地化、独立運動と独立までの歴史がパネル展示されている。1857年のインド大反乱のとき、イギリス軍がデリーへ侵攻するさい、電信線が切断されたことに怒り、村民を木に吊るして絞首刑にした。

イメージ 7旧ビルラー邸の表玄関。展示室への入口。若い男女のガイドが多数いて、頼めば案内してくれる。頼まないのに記念写真も撮ってくれた。

イメージ 8展示室のジオラマ。ガーンディーはイギリス留学後、弁護士となり、南アフリカで勤務していた。ヨハネスブルグ駅で一等車に乗ることを拒否されたことがインド独立運動への動機となった。
なんだか、スノッブ的な動機ではある。

イメージ 9ガーンディーの執務室。面会など。

イメージ 10ガーンディーの寝室。

イメージ 11ガーンディーの瞑想用カウチ。

イメージ 12ガーンディーの眼鏡。
1時間ほど見学。建国神話宣揚の博物館であった。
メトロで官庁街へ移動。

イメージ 13国会議事堂。円形。

イメージ 14政府合同庁舎。植民地時代の総督府。日曜日なので、まばらに観光客がいるだけ。

イメージ 15大統領官邸。
マウリヤ・ホテル内のレストラン「ドゥン・プク」へ向かうために、オートリクシャーを停め、値段交渉し、150ルピーで手を打つ。途中、ワーラーがとぼけて、120ドルだよなと、素人観光客を相手にするようなことを言うので、150と言ったらルピーに決まっててるだろが、「ティケ」と言ってやると、「アチャ」と素直に返事したのには笑ってしまった。インド人が携帯で話をしていると、話の最後に「「ティケ」と言うので、コルカタで同室になったインド人に意味を尋ねると仏語で「ネスパ」のような意味で「そうだろう」という意味とのこと。「アチャ」は歩き方にも「はい」の俗語として紹介されている。
マウリヤ・ホテル近辺で道を迷って、尋ね尋ねてホテルに着いたとき、ワーラーは増額を要求したが、会話から気の弱い性格と見抜いたので、あほか、と言って150ルピーを払って降りた。

イメージ 16マウリヤ・ホテル内のレストラン「ドゥン・プク」。ベジ定食の食前パン。カリカリして美味い。マウリヤ・ホテルは日本人もいない超高級ホテルでロビーを歩くにも気後れしそうになった。「ドゥン・プク」はマンガ「美味しんぼ」のカレー対決編に登場したインド宮廷料理の老舗という。12時30分頃に入店したが、インド人とは昼食の時間帯が違うのか、客はいない。メニューを出されたが、少しも分からない。この店の売りである鶏肉・羊肉は嫌いなので、ベジ定食を食べることにした。税・サ・チップ込みで2500ルピーを払った。

イメージ 17ベジ定食の前菜。

イメージ 18ベジ定食の主菜。カレー。辛いものもあるが、甘いものも美味い。

イメージ 19ベジ定食のデザート。ヨーグルト・プディングのようなもの。
高級インド料理のスタンダードを堪能して、満足した。
14時になり、レストランを出て、向かいの道路から適当にバスに乗ると、30分後にニューデリー駅に着いた。運賃10ルピー。メトロでカーン・マーケット駅まで行き、リクシャーを雇い、ブラーナー・キラーへ。運賃40ルピーとこの辺りは、観光客価格ではなく、地元客価格に近い。

イメージ 20ブラーナー・キラーの門。15時30分頃着いたが、入口手前の公園は人波で歩きづらいほど。ラール・キラーの約100年前に建てられたのでプラーナー(古い)城とよばれている。ムガル帝国第2代皇帝フマユーンが都城として使用した。

イメージ 21ブラーナー・キラーの図書館。フマユーンが麻薬で朦朧として、この図書館の階段から転落して死亡したといわれている。一周してみたが、階段らしきものは残っていなかった。

イメージ 22ブラーナー・キラーから北のオールド・デリー方向を眺める。城の下との比高差は相当あり、要害の地であったことが分かる。黄昏ていくブラーナー・キラーからリクシャーでメトロ駅まで行き、メイン・バザールのホテルでデポしておいたザックを回収し、メトロのニューデリー駅まで歩いて、空港駅へ向かった。
JALは予定通り、12月12日(月)成田に到着、東京地裁で公判風景を見学したのち、東京駅地下で大学時代の友人二人と会食し、夜行バスに乗って、翌朝名古屋の自宅へ帰宅した。

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