風邪をいてから、彼女から教わった事
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皆様、いつもご覧頂きまして誠にありがとうございます。 昨日は,ちょっと過激な記事を投稿してしまい、お叱りを受けた方々の意見 を真摯に受け止め、反省すべき点は反省し、「ひろし」が「拝金主義者」で 「利己的」な人間だという点は、自身のブログのタイトルにも、ありますよう に、「ログデナシ」を自認しておりますので結構なのですが、恐らく、貴方が 会ったことのない、彼女の事をジャパ行きあがりの、「売春婦」呼ばわりされ たのだけはいささか、心外でした。 確かに彼女は以前、家が貧しく、乳呑児の子供がいて、子供の父親も何処 かへ行ってしまい、路頭に迷って、日本に仕事に来ておりましたが、それは ホステスとして働きに来ていたのであって、体を売って収入を得ていたとい う事実は決してありません。 それから、彼女に「ひろし」のやってきた事を全部、ばらすと書いてありまし たが、いままで、日本人の方の良心を信じて事実を書き綴って参りました が、貴方が、そのようにお考えならば、それは致し方のない事だと思ってお ります。 但し、その事が彼女に知れたとしても、彼女は勘のいい女ですから、私が 現在でも、外で遊んでいる事も100%分かって、知らんぷりをしてくれてい る、のだと思っています。 それは10年近く生活を共にしていれば、ある程度はお互いの性格も分か りますし、私も彼女を尊敬し、尊重するところは尊重して、仕事以外では 彼女の行動に、束縛は一切しておりません。 もしかしたら彼女にもボーイフレンドの一人や二人は、居るかもしれませ んが、それは7年近くも、性的な関係はないし、彼女も生身の人間であり 私もそうですが、礼儀として、判らないようにやってくれれば、もしそうで あったとしても、仕方のない事だと思っております。 私は、男ですから、常に覚悟を持って生きています。 日本の妻の場合は常日頃、「俺と別れたかったら、銀座、「三越」の屋上に 「祝・離婚」と書かれた、特大のバルーンを揚げてお祝いしてやるからいつ でも言って来い」と言ってありますし、今回の件で小旅行での「ひろし」の 行動が明らかにされることになりそうなので、彼女にも同じように「ロビンソ ンの屋上に、、、、、。」と妻と同じ事を、言わなければいけなくなったという 事です。(笑) 最後に、この様なブログをスタートした時から、いつか訪れるリスクだと思っ ていましたので、もしそうなったとしても私は、通常概念上、非常識な事と 分かりつつ「非日常の世界へ行きたいという」自分の気持に正直に生きた 結果であり、すべてが自己責任であり、貴方を恨んだり、仕返しを企むよう な事は、絶対にしませんのでどうか、安心してください。 「風邪をひいて彼女から教わった事」 ピリピンに来て、彼女に「銭儲け」を教えようと商売をスタートさせてから 早いモノで、6年半が経過した。 最初のころは、売上=利益と考えていた彼女も、6年半もやっていると最近 は流石に、コスト意識や組織を統率する意味や、その難しさなど飲食業の マネージメントを理解する様になって来た様な気がする。 日本のサービス業のレベルにはまだ遠く及ばないが、これからも、自分が 居るうちに、教えられる事は、教えてあげたいと思って、毎日怒鳴り続けて いる。(爆) そんな彼女を見ていて、感心するのは1年の中で、休みは12月24日と 12月の31日の2日間だけで後は年中無休なので、彼女にそれ以外の 休日は無い。 勤務時間は最初は「2時から閉店迄」と厳しくしていたが、ここ2年くらいは 「午後3時30分〜閉店迄」で閉店が午前4時なので後片付け等をいれると 概ね13時間労働となる。 この6年半で具合が悪くなって、早引きした事は2度ほどあったがそれ以外 に休んだ事は只の一度もない。 本人には言った事はないが、本当に「大したもの」だと心から思っている。 そんな彼女を傍で見つめながら自分の若い頃を思い出した。 若い頃(10代)は、学歴もなく、自分は将来何をやっているんだろう?とか 自分は幸せになれるのだろうか?なんてことを日々単純労働(土方)をやり ながら悩んで時々眠れない日々を過ごしたのを覚えている。(汗) 次に20代になって東京へ出てウエイターの仕事からスタートして少しづつ であるがステップアップして行くうちに、「自分の本当にやりたい」事って果 たして何なのか? という少し贅沢の事で悩む自分が居た。 戦争に負けて、誰もが今日一日食べていくのに死に物狂いだった時代から 最近では「自分のやりたい事がわからない」なんていう悩みが日本中を覆 うだなんて、その頃を生きていた人の誰が予想て来ただろう? そうやって「ひろし」の場合、運良く「豊かさ」が実現してしまったら、今度は 「人はなぜ働くのか?どうして働かなければならないのか?」という事が、 新たな悩みとして出現してしまった。 頭の悪い「ひろし」にとって、この悩みはちょっと簡単には答が出せない悩 みだった。 次に、こんな事を考えてみたらどうだろう?と考えた事は、「やりたい事が 分からない」という問いに向かいあうためには「カネ」という視点をを持つの が一番手っ取り早くてシンプルに見えてくるモノがあるんじゃないかと考え る様になってきた。 その中で、サラリーマンになって、そこそこ出世して給料を結構もらえるよう になってきた時に他の同僚より給料が高いのは「ガマン料」が含まれてい ると考える様になってきた。 それは、ワンマンオーナーの独断的な話を聞き続けた上に、朝礼改暮なん て当たり前だし、社長の指示を言われた通り、朝礼で伝達したら「誰がそん 事を行ったんだ!!」と言われ、「朝礼朝改」という早業を使われた日には その訂正に全国の支店・営業所に電話を掛けまくり終わったと思ったら 「やっぱりあれで行こうや〜」と言われた時、「もし、この世の中に法律がな かったら、この男を最初に殺してやりたい」と思ったものである。(爆) 一方、そんなにストレスはないけれど、ただ食べていける為、生活費を稼ぎ だすための仕事している人も「ひろし」の周りは沢山居た。 今になって考えると、あまりにもストレスが大きい仕事はいくらお金を多くも らえたからといって、終いには心や体を壊してしまうし、家に帰って寝る暇も ない様な仕事をしていたら、その内、家庭も崩壊してしまう。 「ひろし」もその様な人間の一人だと自負している。(苦笑) では、給料は少なくても良いのか? やはり、国中がある程度、豊かだと只、生活していくため、食べて行くだけ で精一杯の仕事では、人は人間としてのやりがいや、生き甲斐などの充実 した日々を送る事が難しいのではないか? ここからは、「後出しジャンケン」になってしまうのだが、今になって 思う事は「自分がやりたい事がわからない」という場合、やみくもに手探りを するよりも、先程から言っているその二つの「あいだ」に自分の落とし所を 探してみたら良かったんじゃないかと思った。 具体的に言うと「カネとストレス」、「カネとやりがい」の真ん中 に、自分にとっての「バランス」がいいところを、探す作業をやってみるとい う事だ。 それでも、もし、「仕事」や「働くこと」に対するイメージがぼんやりするような らば「人に喜ばれる」という視点で考えるとイイと思う。 自分がやっている仕事で人に喜んでもらえると疲れなんて吹っ飛んでしま うと彼女から教わったからだ。 なぜそんな事を思ったのかというと、先日、料理の事で怒鳴り飛ばしてお 互いに口を聞かなかったが、翌日、熱を出してしまった時に彼女と弟の モーリスが「ひろし」を抱えて病院に連れて行ってくれてその後、料理を作っ てくれて、食べ終わった後で、「お前は休みもなくてストレスが堪らないの か?」と質問したら、「毎日、仕事を出来るだけで幸せだし、お客が帰る時 に、アテェ〜・テンキュウー・ソーブラン・マサヤ・カメェ(お姉さん、ありがと う私達、凄く楽しかったよ〜)と言ってくれた時は、本当に嬉しくて疲れなん て全部なくなっちゃうよぉ〜」という言葉を聞いた時に、彼女の中に自分は 「人の役に立っている」という実感があって、人に喜んでもらえる仕事をして いるからこそ、休みも取らずに仕事が続ける事が、出来るのだと思った。 それを聞いた時、病気になっていて、気が弱くなって、不覚にも泣きそうに なったが、何とか堪えて、布団の中に潜り込んだが、教えているつもりでい た自分が、彼女から、「人間の活力の原則論」みたいなものを、教えても らっていた事に気付いた一日であった。 これからは、自分にとって向き、不向きのような視点ではなく、他人(ひと) にとって、自分の仕事はどういう意味を持つのか?という視点を持つ事が 大切であり、必要ではないだろうか。 「利益」とは誰かに喜んでもらえたことの「報酬」だという 事を実感出来たら、それは休みなんてあまり必要でなく なり、自分の「一生の仕事」にだって、出来るんだという 事をピリピン人の彼女から学ばせてもらった。 以上。 少しばかり、お惚気話のようになってしまいましたが、付き合って早10年に なりましたが、最初は何度、バンザイして諦めようと思ったかしれませんが ここまで成長する事が出来た事に対して、「諦めないで良かったな」という 気持ちと、こんな馬鹿な男を信じて、よく我慢してくれたと、いう気持ちが 交差して、こんな「惚気記事」を書いてしまいました。 明日からは、いつものロクデナシ全開で参りますので宜しくお願いします。 本日も最後までご覧頂きまして誠にありがとうございました。 |
