炭素循環農法
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11月24日ジールで、ブラジルで炭素循環農法をやっている林幸美さんのお話を聞きました。炭素循環農法というとどんな農法かイメージがわかないでしょうが、一言で言うと自然農。自然農というと外から物を持ち込まない、持ち出さない、耕すな、草を抜くな・・・となんだか窮屈なイメージで捉えている方が多いかと思いますが、本質は自然の立場、都合に合わせた農法です。つまり作物が生き生き育つようにした農法です。それが満たされていれば鋤き込もうがどうしようがかまいません。極端な例を挙げれば、龍村仁氏の地球交響曲第一番に出てくるハイポニカ農法によるトマト(1つのトマトの木から15000個以上の実がなっている)は、トマトの命を人工的にではあるが最大限尊重しているので、自然農法なのです。それは不自然なやり方ですが、反自然ではありません。今の慣行農法は反自然です。虫がつきやすい=作物自体に元気がない証拠ですから、作物は生き生きと育っていない=反自然です。なぜそうなったかといえば、肥料をかけ土の成分バランスを乱したため。特に肥料の使用で窒素成分が過剰になり、腐敗しやすい土壌になった。野菜は腐敗物を吸い上げるため元気がなくなる⇒虫が来る⇒殺虫剤をまく⇒ますます野菜の生きが悪くなる⇒肥料をやらないと育てられないという悪循環です。反自然をやるとマイナスの結果が出てきます。自然農法をやるとプラスの結果が出てきてますます土も野菜も元気になってきます。自然農法は形ややり方にこだわる必要はありません。作物についた虫を殺す、これは反自然です。虫がつく、菌がつくということは本来人間が食べるものではないものという意味。虫や細菌やカビは本来人間にとっていらないものを処理するシステムの重要なメンバーなのです。それを殺して人間が食べているということは反自然。世間でよく誤解されているのは殺虫剤は体にもよくないから用いないが手で虫を1匹ずつ殺している人がいる。形は自然農のように見えてもそれは自然農ではない。殺虫剤でも手でも虫を殺すのは同じこと、虫が出てくることが問題であることに気づくことが大切。虫を殺した代償はどういう形ですべきかというと、虫や細菌やカビが食べるべきものを人間が食べたのだから、それを食べた人がその人の命で償わなければならないということ。今世間ですぐ切れる人たちや、重症のアトピーで長年悩んだりしている人々がどうも食事に問題があるのではないかという話題が多くなっているが、実はそれが人間が命で償っている姿。確実に人間の健康度が落ちてきている(=命の劣化)ことが命で命を償っているということ。虫も細菌もカビも人間もあらゆるものの命はみな大切でつながっているということ、これをすべて生かすことが自然農。だから百姓の「姓」は本当は「生」であるべき、百生かす、100%すべての命を生かすのが本当の百姓、農業者です。単に野菜をたくさん作るのが百姓、農業者ではないのです。そのためにはどうすればいいのか、とっても簡単。肥料を使わない、殺虫剤を使わないこと。その上で土の中にいる細菌が有用に働くような環境とそのエサを十分に与えること。後はその細菌に任せているとすべての命(細菌・カビ・虫・野菜・人間・・・)を作る土ができてくる。ではその「エサ」とはどんなものか。腐敗しないもの。腐敗するものといえば肉・魚などたんぱく質を多く含んだもの=窒素成分の多いものだからそのような堆肥=一般に完熟堆肥と呼ばれもてはやされているもので炭素比13程度のものは一切使わない。炭素比が40〜50(落ち葉やワラなど)の未熟堆肥だと腐敗が起こらず土壌菌が元気になる。野菜も腐敗成分がないので元気に育つ。つまり炭素成分の多いものを細菌のエサにする。だから炭素循環農法といっている。ジールの目指しているもの、そのものです。 |
