日本文学館との契約を巡る法廷闘争顛末記

2015年4月21日、提訴しました。判決言い渡しは、2015年10月29日(木)です。

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事の真相 その1


松田まゆみさんは、「私が情報源を秘匿しているのは個人のプライバシーを公開することはできないからであり、裁判にでもならない限り明らかにすることはできない。しかし、証拠はしっかりと持っている」と言っています。そして、その松田さんが持っているという「証拠」は、「kum*suk*2*14」(別名「シロサギ」)さん(クンちゃんさん流に言えば「雲助」さん)から提供されたものだと言っています( 以後、「雲助さん」で統一します)
 
雲助さんは、私のブログに二度とコメントしないと言っておきながら再三コメントしています。その言っていることに説得力はとてもありません。松田さんは、その雲助さんの言っていることを全面的に信用しています。
 
私がブログで出版社との交渉を「著者」として公開しているのは、私が契約上の「著者」であるからです。「本当」の著者は、雲助さんが「暴露」した通りです。しかし、「本当」の著者が誰であろうと、私が著者として出版社と契約した訳ですので、私が著者として契約について疑問に思うことを出版社に問いただし、その過程をブログで公開することは何ら問題はありません。それは、契約を結んだ私に認められた権利です。
 
私は、ブログで個人的な情報は何も公開していません。出版社名も著者名(ペンネーム)も本の題名もすべて秘匿しています。ですので、私と雲助さんの関係を知っている人は、ブログの読者の中にはいないはずです。ところが、雲助さんが「自分が著者である」と「暴露」したために事態は一変しました。

私が出版社名や著者名(ペンネーム)を明らかにした上で出版社と争っているのなら、雲助さんが著者として快く思わないのは当然です。しかし、私は、どの出版社から何という本を出版したのかということは何ら明らかにしていません。雲助さんはとんでもない勘違いをしています。

出版社が私に対して買取り費用の支払いを求める裁判を起こしたとしても、雲助さんは第三者の立場でしかありません。トラブルの当事者は、出版社と私なのです。雲助さんはそのことをまったくわかっていません。雲助さんは、私に代わって買取り金額を支払うと出版社に申し出たと言いますが、出版社がその申し出を受け入れないのは当然です。

雲助さんは、出版社が雲助さんの申し出を断った理由について、まったく見当違いのことを言っています。本当にその言っていることには呆れてしまいます。 雲助さんの主張 その2

さらに、雲助さんは、私が買い取り金額を販売価格の80%としている点について、虚偽の説明をしていると批判しています。これもまったく見当はずれ以外の何ものでもありません。販売価格の80%も、売れた部数の200部も、実際の数字を計算しやすいように簡略化したに過ぎません。「改ざん」という指摘は笑止千万です 雲助さんの主張 その1

雲助さんは、増刷に関するすべての権限を私に委ねました。私は、売れなかった場合に私が身銭を切ることを覚悟して出版社と増刷の契約(覚書)を取り交わしました。私が増刷を決断しなければ、雲助さんの本は初版の300部で終わっていたのです。

なぜ私が雲助さんの本の出版にそれほどまでに肩入れしたのか。これについては、あらためて書きたいと思います。簡単には説明できません。事の真相 その2(作成中)

本を書いたのは雲助さんであっても、出版の契約をしたのは私なのです。契約を巡るトラブルの責任は、すべて私にあります。ですので、私は、なぜこういうこと(トラブル)になったのかというその原因を究明し、その解決に向けた交渉の過程をブログに公開しているのです。

私がブログで意図したこと。それは、出版社の主張の理不尽な点を明らかにして出版社にその誤りを認めさせることです
。そのため、私は、ネットの相談サイトで相談したり、弁護士に相談したりしました。その結果、出版社の主張が理不尽であることを確証するに至りました。1,000部のうち700部について」の解釈

私が買取り金額の支払いに当たって異を唱えたのは、出版社の解釈に基づく買取り金額では出版社が不当な利益を得ることになるからです。出版社が最初から私の解釈に基づく買取り金額を請求していれば、私は素直にその支払いに応じていました。

出版社は、私が強く異を唱えたことによって私の解釈に基づく買取り金額に変更しました。しかし、それは、企業としての生産性」という出版社の都合によるものであって、出版社の解釈が正しいという主張は崩しませんでした。そのことに納得できない私は、出版社の解釈が正しいと言える根拠の開示を求めました。しかし、出版社は私の要求に応えませんでした。

私は、出版社がその解釈の正当性を明確に説明しさえすれば支払いに応じると何度も表明しています。これに対して、出版社は、請求金額を変更したことを理由にして私が求めている「根拠」の開示を拒んでいます。

これは、出版社が合理的な説明ができないということを認めたということです。認めたからこそ、その事実を隠ぺいするために屁理屈をこねているのです。
出版社にとって、その解釈に誤りがあったということになれば、新たに別の問題が生じるのです。だからこそ、出版社は、その事実を隠ぺいせざるを得ないのです。

それなのに、松田さんや雲助さんは、私に支払う意思はなく、私が増刷費用を踏み倒そうとしていると批判しています。それはとんでもない事実誤認であり、私としてはとても容認できません。私を「詐欺師」呼ばわりするに至っては、なおさらです。

ブログを開設した当初、私は、単に出版社の主張の理不尽な点を解明することだけしか考えていませんでした。しかし、その後、出版社の主張があまりにもいい加減であることを実感するに至り、そういいい加減な出版社の主張が罷り通ってはならないという義憤に駆られました眤写聖劼気鵑『本人裁判のススメ』の出版で意図したこと

松田さんは、ブログで実名を公開しています。しかし、私は実名を公開していません。そのことから松田さんは、(松田さんがどんな批判をしたとしても)私の「社会的評価など低下のしようがないだろう」と言っています。

これは、匿名のブログ主には「名誉」という社会的評価は存在しないということです。名誉が存在しないために名誉棄損も成立しないという訳です。多くの人はブログを匿名で運用しています。松田さんは、それらの人を見下しています。匿名であっても責任をもって発言している者としては、松田さんの発言はとても容認できません。


ネットで実名をさらして発言することは、実生活の面でも批判を受けることを覚悟しなければいけません。これに対して匿名の場合は、ネットの中だけでしか批判はされません。ネットを離れれば無関係な第三者を装うことができます。そのために匿名で無責任な発言をする人は少なくありません。

しかし、匿名であってもすべての人が無責任な発言をしている訳ではありません。匿名であっても多くの人は責任をもって発言しているはずです。私もその一人です。匿名であっても法的な責任は問われます。松田さんが実名を公開して発言していることは評価されるとしても匿名での発言は評価されなくて当然というのは甚だしい偏見だと言わざるを得ません



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おはようございます(^^)。

世の中には面白い人が居るものですね、気持ちが解らない

今日も笑顔で素敵な一日を過ごしましょう。

2015/3/29(日) 午前 7:09 mamamiyuki 返信する

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