月と星

セックス、犯罪、暴力、そして同性愛———愛憎と肉欲渦巻く、混沌の世界。空想の中の、禁断の愛。

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第81話

「ごめんね、佐々木さん。折角、誘ってもらったのに・・・」
 潤の携帯。
 ずっと―――電源が切られたまま。
 その理由。
 知ったのは―――ようやく、今日になって。
 プレゼントを買って―――3日も経ってから。
「やっぱ、もうこのままっていうのも無理みたいだから、帝王切開で出す事になったんだ・・・」
 リアルな話。
 ゾッとする。
 来なければ良かった。
 病院なんて。
「そっか・・・佐藤っちも大変ねぇ」
 女同士。
 そういう気持ちは―――理解出来るらしい。
 深刻そうな面持ち。
 オレだけ―――蚊帳の外。
「とうとう、生まれるんだぁ・・・」
 気分が―――奈落の底まで、沈んだ感じ。
 相槌を打つ気にもなれない。
 産婦人科病棟。
 どこを見ても―――腹の大きい女か。
 おもちゃみたいに小さな赤ん坊を連れた女ばかり。
 眩暈がする。
「じゃ、生まれたら、また電話して。お見舞いに来るから・・・」
 多分―――2度と来ないような気がする。
 気が滅入るから。
 こんな気持ち。
 なったのは―――初めてかもしれない。
「私、ちょっと佐藤っちと話してくるから・・・」
 そう言って―――彼女は、どこかへ消える。
 潤と二人っきり。
 急に―――空気が重たくなった。
 何を話していいのか。
 自分でも分からない。
「・・・何か、いっつも佐々木さんと一緒だよね」
 潤。
 ガラスの向こう。
 ぼんやりと眺めながら―――そう呟く。
「・・・え?」
 オレは―――潤の顔を見る。
「まぁ・・・唯一の友達だし。職場も一緒だし・・・」
「・・・友達?」
 鼻先で―――軽く、笑われた。
「一般的には、男女の間には友情なんて存在しないんだよ・・・」
 見透かされている感じ。
 何となく。
「仲良く、近鉄百貨店で買い物なんかしちゃってさ・・・」
 やはり―――見られていた。
 あの日。
 バイトの女の都合が合わなくて―――二人っきりだった、あの時。
「・・・見てたんなら、声、掛けてくれば良かったじゃん」
「声、掛けても良かったの・・・?」
 頭を掻く。
 腹の探り合い。
 居心地が悪い。
 ほんの少しの間―――会わなかっただけで。
 潤とは―――いつも、こんな感じ。
 嫉妬のせい。
 そう思いたい。
「・・・これ」
 鞄の中―――箱を取り出す。
 ラッピングしてもらった、ヴィトンの箱。
 潤の手のひらに、載せてやった。
「ちょっと早いけど・・・クリスマスプレゼント」
 潤。
 大きな瞳で―――オレを見る。
「金額的に予算オーバーだったから、誕生日のプレゼントも込みって事でよろしく」
「・・・ホント?」
 プレゼントと―――オレの顔を、交互に見つめる。
「・・・え?ヴィトンなの?これ・・・」
 気まずそうに―――箱を開ける。
「もしかして・・・近鉄百貨店で買った?」
 ようやく―――気が付いたらしい。
 自分の勘違いに。
「・・・まあね」
 彼女と一緒に居るのは―――居心地が良い。
 だが、それだけ。 
 結局は―――それ以上にはなれない。
 あの日も。
 居酒屋で、バイトの女と合流して―――別れた。
 未練も無かった。
 何事も無く―――離れてしまう事に。
 ただ、オレは―――男と女が一緒に居るという、その普通過ぎるシチュエーションに酔いしれていただけ。
 恋愛ではない。
 所詮。
 今まで―――経験した事が無かったから。
「・・・ごめん。疑って」
 素直。
 意外に。
「別にいいよ・・・」
 疲れた顔。
 考えてみれば―――殆ど、病院に詰めてばかり。
 歪んでいる感じ。
 精神的に。
「・・・でも、オレ、何にもプレゼント買ってないよ」
「別に要らないよ」
 プレゼントに掛かっていたリボン。
 潤の―――首に巻いてやる。
「・・・潤が居ればいいよ」
 言いたい事とか―――話したい事なら、山ほど。
 だが、顔を見ると―――何も言えなくなってしまう。
 好きだから。
 愚痴の多い―――情けない男だと、思われるのが怖いから。
 見栄だけ。
 これも―――男の性。
「雪宏・・・」
 突然―――涙が零れた。
 潤の瞳から。
 大粒の涙。
 こっちの方が―――驚いてしまった。
「・・・苦しいんだよ」
 周りには―――人の目。
 咄嗟に―――人気の無い非常階段へ。
「もう、疲れた・・・もう嫌だよ。帰りたいよ・・・」
 泣きじゃくる。
 子供みたいに。
「祥子のわがままにも、付き合うの疲れる・・・」
「潤・・・」
 抱き寄せる。
 胸の中に。
 それくらいしか―――オレには、してやれる事が無い。
「しんどいんだったら、ちゃんと体休めないと・・・お前も、病気の事があるんだから」
 潤の―――弱い部分。
 それは―――オレと付き合う事で、ずっとバランスが保たれてきた。
 だが―――それも限界らしい。
 精神的にボロボロ。
 そんな感じ。
 気が付いてやれなかった。
 分かっていた事なのに。
「今のアイツは・・・自分の事で精一杯だから」
 大きな溜息。
 しゃくりあげる。
 激しく―――泣き過ぎて。
「・・・ちょっと、外へ空気吸いに行かないか?」
 非常階段。
 そのまま、歩いて―――1階まで降りる。
 時間外の通用門から―――外へ。
 オレは、潤を車に乗せてやった。
「・・・どこ行くの?」
 病院の裏手。
 大学の施設。
 遅い時間帯のせいか―――人の気配は無い。
 そんな建物の陰。
 オレは、車を移動させた。
「どこにも行かないよ・・・」
 そのまま―――潤を抱き寄せる。
 久し振りの感触。
 確かめるように。
 きつく。
「雪宏・・・」
 そんなオレの背中に―――縋り付いて来る。
 激しく。
「・・・会いたかった」
 会えない時間は―――愛を深める。
 愛を育てていく。
 そんな気がする。
「雪宏・・・」
 潤の唇が―――オレの唇を求めて来る。
 何度も。
「ねぇ・・・オレ、もし生まれ変わるなら、女がいいよ」
 泣いて―――腫れた顔。
 手で撫でる。
 その手に―――甘えたように、頬を摺り寄せてくる。
「女になって・・・雪宏の子供を産みたい・・・」
 かなり―――追い詰められた感じ。
 そう言って―――また、涙を流す。
 何かが、弾けたかのように。
「・・・雪宏の子供を産む人って、一体どんな人なんだろうね」
 そんな日は―――永遠に来ない。
 そんな人間など、現れる筈も無い。
 分かり切った事なのに。
 あえて―――そんな事を口にする。
「・・・生まれ変わったら、お前が産んでくれるんだろ?」
 慰め。
 所詮。
 生まれ変われるかどうかも―――分からないのに。
 生まれ変わったとしても―――お互い、愛し合った記憶なんて残っていないかもしれないのに。
 夢が見たいだけなのかもしれない。
 ただ、単に。
「それまで、誰とも子供なんか作らないで・・・待っててやるよ」
 長いトンネル。
 ずっと―――闇の中。
 いつになったら、抜け出せるんだろう。
 神のみぞ、知る。

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開設日: 2006/10/5(木)


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