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承前
胡氏、皇后となる
こうして、同年五六一年、高湛は即位し、北斉第四代皇帝武成帝となった。
そして、即位二年目の正月、高湛の妃胡氏も順当に皇后に冊立される。
胡氏は安定郡(今の寧夏固原)の人胡延の娘であった。
彼女が生まれる時、外のテントの上でふくろうが鳴いたという。
当時の人々はこれを不吉な予兆であると噂した。
今ならさしずめ烏が鳴いたというところかもしれない。
胡氏は笄挙げを済ませるとすぐに、長広王であった高湛の妃に選ばれていた。
皇后になった頃は二〇代の半ばである。
彼女の容姿は平凡だが、性質はすこぶる淫蕩であったという。
高湛も好色であったので、この妻を得て、両者は互いの好色に拍車がかかったのかもしれない。
さて、胡氏が皇后に冊封されたその晩、後宮では宴の席が設けられていた。
高湛はその晩、すでに半ば酔っていたが、ふらふらと宴席に向った。
彼が入ってくると、後宮の女たちはみな立ち上がって高湛を迎えた。
すると高湛は笑って言った。
「よいよい。みな家族のようなものではないか。そんなにかた苦しくせずともよい」
それから一通り女達を点検すると、ふと艶やかな中年女性が目に入った。
よく見るとそれは兄嫁の李祖娥である。
彼女は文宣帝高洋の皇后であり、廃帝高殷の母でもあったが、
両者共に亡くなった今は、寄る辺ない身の上である。
高湛は思わず唾を飲み込んだ。
どうにも居ても立ってもいられないような心持ちになる。
しかし周囲には人が多い。
この場で攫ってゆくわけにもゆかない。
仕方なく手ぶらで帰った。
その晩は皇后胡氏と同衾しても、どうにも味気ない。
「手折った花は野の花の香りには及ばない」というわけ。
さて、翌晩、高湛はお付きの者たちをまいて、一人で李氏の住む昭信宮におもむいた。
侍女が急いでそのことを李氏に告げると、彼女はいったい何の用であろうかと猜疑した。
しかしうすうすそのような予感もあったのである。
もともと彼女の夫高洋は、同母兄高澄の死後その妻を犯したし、
しかもそれは高澄が高洋の妻を犯したことの仕返しであった。
北朝にはそのような下地があったのである。
続く
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