✿京都 ー 「糺の森」
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✿「糺の森」ただすのもり 京都・下賀茂神社の沿道の小川のせせらぎ 桜の咲くころ、京都に来ておくれやす(。v_v) 「石川や瀬見の小川の清ければ月も流れをたづねてやすむ」 (新古今和歌集) 所在地 京都市左京区下鴨泉川町 糺の森は、賀茂川と高野川の合流点での下鴨神社境内に広がる約12ヘクタール(東京ドームの約3倍の面積)の森で、かつてここ一帯が山城原野であった頃の植生が今に残る森といわれています。 ケヤキ、エノキやムクノキ等の落葉広葉樹を中心に約40種の樹木が生育し、泉川の清流にはホタルの飛翔も見られます。古来多くの物語や詩歌に登場し、葵祭等の舞台としても親しまれています。また、1994年(平成6年)には下鴨神社全域が世界遺産に登録されています。 【詳しくはコチラ】 糺の森は下鴨神社の境内に広がる原生林である。かつて京都に平安京が置かれた時代には約495万平方メートルの広さがあったが、応仁の乱など京都を舞台とする中世の戦乱や、明治時代初期の上知令による寺社領の没収などを経て、現在の面積まで減少した。特に1470年(文明2年)6月14日に応仁の乱の兵火を被った糺の森は、このとき総面積の7割を焼失している。 糺の森はこの一帯が山城国(山代国・山背国)と呼ばれていた頃の植物相をおおむね留めている原生林であり、ケヤキやエノキなどニレ科の落葉樹を中心に、約40種・4,700本の樹木が生育している。森は賀茂川と高野川に挟まれるように広がり、南北に細長い。林床を縫ってこれらの川に注ぐ数本の清流があり、周辺には水辺を好む植物も茂る。古くは『源氏物語』や『枕草子』に謳われ、今なお親林の場として人々に憩いを提供する史跡である。 森を流れる小川は4つあり、それぞれ御手洗川・泉川・奈良の小川・瀬見の小川と名付けられている。御手洗川は湧水のある御手洗池を水源としている。糺の森の東側を流れる泉川は高野川の支流である。奈良の小川は御手洗川に泉川の流れの一部が合流したもので、賀茂川の支流である瀬見の小川に取り込まれて糺の森の中央を流れる。 「糺の森」の「ただす」が何に由来するのかという点については諸説ある。「偽りを糺す」の意[2]とするほか、賀茂川と高野川の合流点であることに起因して「只洲」とする説[3]、清水の湧き出ることから「直澄」、多多須玉依姫の神名に由来するという説[4]などの各説がある。他に、木嶋坐天照御魂神社(蚕の社)にある「元糺の池」、およびその周辺の「元糺の森」から遷された名前であるという意見もある。『ウィキペディア(Wikipedia)』
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