まりせんせいのおひさまぐみ

例の建物はローソンの模様!予想的中♪

親父・肺がんを生きる

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がんばった親父。建築家だった親父。
最後まで本当にえらかった!!

2010年11月29日 母のところに逝っちゃった。。。。
今頃、母と一緒に私のドタバタ子育てを見てるかなあ〜

いや、まだあちこち走り回って「仕事」してるような気がする…(^o^;
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家に帰ってきました

亡くなった父を、ICUの先生たちや看護婦さんたちみんなと、
 
呼吸器外科のドクターたちと、病棟の看護婦さんたちと、
 
ほんとうに大勢の方々に見送ってもらって、父の遺体は病院を後にしました。
 
「お力になれず本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げられた主治医の目には
 
涙が光っていました。
 
 
先生は先生なりに一生懸命やってくれた結果なんだ、と
 
ほんのすこし、すくわれたような気がしました。
 
 
実家に帰った父を布団に寝かせ、お寺さんが来てお経をあげてもらって、
 
あわただしく葬儀の段取りをとり…なんだか嵐のような時間が過ぎていきました。
 
アドバイスをしてくれる親戚の類もなく、父の友人や仕事関係の連絡先もわからず、
 
今、考えると本当によくやったなあ、と自分で自分を褒めたいです。
 
 
イメージ 1お通夜、お葬式の会場は、
 
母のときとは違う会館でやりました。
 
心がこもっていない遺体の扱いが
 
今でも心の傷になっていたから、変えました。
 
今回のところは、お値段も良心的で、
 
とても父を大事に扱ってくれました。
 
父の祭壇は花祭壇にしました。
 
ちょっと華やかな色の花も使いました。
 
イメージ 2
  父の遺体には「エンバーミング」という処置をしてもらいました。
 
  「いかにもご遺体!!」というようなのでは、オシャレだった父が嫌がるだろうとおもって、
 
  お気に入りの服を着て、元気ないつもの父が、ちょっと居眠りしてるよ、っていう表情になりました。
 
  みんなに「すごくキレイ」「寝てるみたい!」と褒めてもらって父はきっと嬉しかったと思います。
 
  棺も、上半身が全部、見える「ビューイング棺」というタイプにしました。
 
  参列者に大好評でした。(わたしも死んだら、お葬式のとき、絶対エンバーミングをしてもらおうと思います)
 
イメージ 3
父が自分で選んでいた「遺影」です。
 
病院のオープンスペースみたいなところで、「抗がん剤でハゲる前に撮ってくれ!」と言われて
 
渋々、一眼レフを持参して撮影したものです。
 
「よし、これを遺影にするからな」という父の声に「縁起でもないわ」と怒っていましたが
 
あのときちゃんと撮影して選んでおいて、良かった…
 
ええかっこしいで
 
イチビリの親父らしい遺影でした。
 
 
お葬式にもたくさんの人が駆けつけてくださって、ありがたかったです。
 
 
嵐のような3日間が過ぎ、今日、やっと我が家に父のお骨と一緒に帰ってきました。
 
 
イメージ 4
 
お父さんの祭壇の前でかんちゃんがリラックスしてテレビを見ています。
 
久しぶりの帰宅で、かんちゃんもほっとした様子です。
 
今日はずっとお腹をすかせていただろう父のために
 
父のダイスキだったピザやチキンをお供えしちゃいました。
 
 
遺影の父が優しくかんちゃんを見守っています。
 
 
もうICUからの電話がいつかかってくるかとビクビクしながら眠る夜は来ません。
 
喪服(着物を着ました)の片付けや、お香典や参列者名簿の整理や、
 
しなければならない届出の整理や段取りや
 
父の会社をどうするのか、実家の片付けをどうするのか、など
 
やらなければならないことは、これから山積しています。
 
 
でも、今日はとりあえず、寝ます。
 
ずっと2時間くらいしか眠れていない日々が続いていて、
 
一気に顔が老け込んでしまったような気がします。
 
 
 

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お父さん ありがとう ケータイ投稿記事

今朝7時58分

父が逝きました


血圧が10になっても心臓はしっかり鼓動を打ち続けて

すうっと止まりました

最後まで全く苦しい表情もなく、

顔色もよくぐっすり眠ったまま逝きました

最後の最後まで 頑張りぬいた父は本当にすごかった!


私は父の娘であることを誇りに思います


あきらめるな しっかり生きろ と

父は 頑張り続けることで私たちに教えてくれました


お父さん ありがとう



今日からは苦しい人工呼吸器から開放されて眠れるね


いま 家に帰った父の横に寝ています

お父さん と呼ぶと「おう」と起きてきそうです



奇跡を祈ってくださった皆様

本当にありがとうございました


皆さんの言葉が何よりの励みになりました

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眠れません

もう何もしてあげることができない、と医師に言われてからも
 
日々、父は頑張っています。
 
父の体はダメになった肺以外、どこも悪いところはなく、一生懸命に働いていました。
 
でも、とうとう昨日の夕方から急に尿が出なくなりはじめ、
 
血圧が下がりはじめました。
 
呼吸も時々飛んでしまいます。
 
 
 
いよいよ そのときが近づいてきているのだ、と
 
覚悟をしなければならないのですが、まだまだ奇跡を夢見ている私がいます。
 
 
 
 
ここ1週間、毎朝、「お父さんが夜も一生懸命頑張ってくれていたから眠れたよ。ありがとう」と
 
目覚めることが出来ていました。
 
 
今は、全身状態は悪くなっていっているのがモニターで見てもわかるのですが、
 
まだ、血中酸素濃度も90をこえ、心臓の鼓動はしっかりしているので
 
夜、眠れるのは今夜が最後かも…と思って一生懸命、寝ようとしますが、眠れません。
 
かんちゃんも眠りが浅く、バタバタと寝返りばかりうっています。
 
 
お父さん、頑張ってるから、わたしも頑張って寝ないと 体がもたないよねえ…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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娘としての最後の仕事 ケータイ投稿記事

父 一昨日 急変

とうとう肺に穴があき空気漏れがひどくなり

酸素を取り込み出来なくなってしまいました


一番 恐れていた合併症です。


主治医から もう苦しまないように眠ってもらうようにすることだけしか出来ない と言われました



父は急変するときは本当に急なので

怖くてホテルにも泊まれず2日間 病院のICU前の待合室のイスで夜を過ごしています


硬いソファーの上で二泊のかんちゃんは

文句も一言も言わずに付き合ってくれます

かんちゃんの健気さに癒されます


この子がいてくれるから私はきちんと立っていられます


父は一生懸命 頑張っています

肺以外の臓器は数々の薬の厳しい副作用にも耐えて

父の命を守るために必死で頑張ってくれています


父のものすごい頑張りを

私はきちんと立って胸をはり見届けることが

最後の最後まで頑張りやの父の娘としての

最後の仕事だと思って

モチベーションがあがるから好きだ と父が気に入っていた

梅田の夜景が見える父のベッドのそばに立っています



父は最期まで 一生懸命頑張って生きな、いかん と


私たちに教えてくれています

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「治らない」宣告

 
 
間質性肺炎で繊維化してしまった肺は
 
二度と元には戻らない
 
 
 
新たな治療は もう ない
 
 
わかってはいたけれど 主治医からはっきり言われると
 
ほんとにもうだめなんだ  覚悟しないとだめなんだ ということだと
 
あらためて悔しさや悲しさや どうしようもない気持ちに押しつぶされそうになって
 
 
頭は思考停止する  
 
 
心は感情を忘れる
 
 
 
 
 

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開設日: 2006/10/7(土)


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