ブログプロフィール
ブログ情報
| ブログタイトル | 雲烟過眼録 |
|---|---|
| 一言メッセージ | 雲烟過眼録 |
| 検索キーワード | 和本,漢籍,歴史 |
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| ブログバナー | 未設定 |
ブログ紹介文
発見の記録
嘉永5年(1852)12月、鳥取藩儒正牆(しょうがき)適所は、筑前国御笠郡山家村に女流詩人として有名な原采蘋(さいひん)を訪れた。適所の詩集『研志堂詩鈔』(文久元年刊)に「山家村に采蘋女史の僑居を訪ふ」がある。此の詩は、嘉永5年の所に配置され、起句に「窮冬の霜雪村籬を圧す」とあるから、12月であると分かる。転結句に「更に奇声の先ず耳に触るるもの有り、数椽の茅屋唔?妓を漏らす」とあり、采蘋はかん高い声で読書せていたのであろう。この事は、春山育次郎の『原采蘋』にも記されていない。
嘉永5年(1852)12月、鳥取藩儒正牆(しょうがき)適所は、筑前国御笠郡山家村に女流詩人として有名な原采蘋(さいひん)を訪れた。適所の詩集『研志堂詩鈔』(文久元年刊)に「山家村に采蘋女史の僑居を訪ふ」がある。此の詩は、嘉永5年の所に配置され、起句に「窮冬の霜雪村籬を圧す」とあるから、12月であると分かる。転結句に「更に奇声の先ず耳に触るるもの有り、数椽の茅屋唔?妓を漏らす」とあり、采蘋はかん高い声で読書せていたのであろう。この事は、春山育次郎の『原采蘋』にも記されていない。
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