元気玉 白血病との闘い 〜石垣島への岐路まで〜

嫁、家族、兄弟、仲間からの大きな元気玉!(石垣島へ夫婦でもどるまで)

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ブログタイトル 元気玉 白血病との闘い 〜石垣島への岐路まで〜
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嫁、家族、兄弟、仲間からの大きな元気玉!(石垣島へ夫婦でもどるまで)
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1973年8月13日生まれ男性 2007年9月26日元の仕事場の従業員と入籍。翌27日石垣島へ移住する。いろいろと毎日勉強になって生活もたのしんでいたほんと矢先の2008年6月白血病に発病。
急遽地元の大阪に帰省し治療に専念するにいたる。(石垣島生活たった9ヶ月)いつしかもう1度石垣島に戻る事を目標に嫁、両親、兄弟etc.の協力の下、治療中。

こういちさんのプロフィール

名前非公開
年齢非公開性別男性
誕生日非公開血液型B

自己紹介

大阪のある焼肉店を退職し、その時の従業員であった彼女と2007年9月26日に入籍。翌27日に石垣島に夫婦で移住。

はじめ慣れない土地での生活に不安いっぱい。(働く会社に挨拶したりその後、宿泊する宿探し(ペット犬を連れてだったので)これがかなり大変でした。 働くまでの間に毎日ペット可の住宅探しにバタバタ、、、。

見つかっても家電製品(最低限度のものを)自分の車に乗せて船での運搬だったので2週間ほどご飯すら炊けない状態。

その中、いきなりの台風をはじめて味わう。(本土と違い高い建物がなく、密集してないので風がひどく大阪で味わっていた台風とは桁違いに夫婦で驚きました。

働き始めてからも、人がいないからといって離島のホテルに行かされて約1ヶ月間夫婦離れ離れの生活。

その後新しくオープンする店で働けるようになって夫婦生活がやっとスタート!毎日大変ながら充実した毎日がやっと送れるようにこの頃からなる。

休みの日にはペットの犬(ネロちゃん)を連れて海に行ったり、離島に遊びに行ったり、石垣島を1周したりとのんびり暮らせる日々が続いてました。

でも、仕事ではストレス、責任感が日々重くのしかかっていたのも事実ありました。

そんな2008年6月中旬頃から体の異変に感じ始めました。まずは、階段を上るだけで動悸、息切れに始まる。朝の起きる際に顔がむくみ、ひどい頭痛におそわれる。ちょうど歯科に通っていたのですが治療後、次の日になっても血が止まらない状態で歯科の先生に相談。すると、紹介状をくれ「今日中に診察してもらいなさい!」の一言。大きな病院で診察結果を聞くと「ここでは治療できない。採血の結果が悪いので、別の病院に行くことに。そこで初めて病名を聞く。『白血病?』とりあえずいきなり、ICUに入れられ入院となる。


「この島では治療施設がないので沖縄県本土か別の病院になりますが、、、。」の問いに「地元大阪の病院を紹介してほしい」ということで7月3日石垣島をあとにする。

それまでに嫁が住居の整理、管理会社への連絡、会社への連絡等様々のことを1人でこなしてくれ一緒に大阪の今の病院へ転院


その後両親が石垣島へ行って住居の移送業務(車とか、家具類を全て大阪に送ってくれた)してくれ助かりました。

今は9月29日から始まる同種造血幹細胞移植(ドナー→弟)の前治療を開始。そして移植日が10月7日に末梢血幹細胞移植(ミニ移植)となりました。


8月に弟2人の採血での結果、どちらともHLAの3座6遺伝子座が100%一致しているという報告を受け移植が決まりました。

その前までに通常の化学治療では2度行いましたが、うまく寛解状態に至らずでした。このあとに先生からの説明で「混合型白血病」という病名を聞き、夫婦でどん底状態でしたが、今回の弟との一致は本当にうれし泣きをしました。

だからこそ絶対に完治して弟に感謝の言葉をかけたく毎日一生懸命生きてます。そのために絶対に負けてられないと思っています。

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