ブログプロフィール
ブログ情報
| ブログタイトル | やっちんのブログ〜心と脳、魂と科学、この世とあの世の交わる道〜 |
|---|---|
| 一言メッセージ | 私生活の“現実”が忙しくなってきている中、ブログ戦艦ヤマト再起動、発信! |
| 検索キーワード | クオリア,宗教,科学 |
| 名前アイコン | 未設定 |
| ブログバナー | 未設定 |
ブログ紹介文
宗教と科学の間に橋を架ける試みが今、始まる。
やっちんさんのプロフィール
| 名前 | 非公開 | ||
|---|---|---|---|
| 年齢 | 非公開 | 性別 | 男性 |
| 誕生日 | 非公開 | 血液型 | A |
自己紹介
こんにちは、読んでくれているあなた、本当にありがとう。あなたのやさしさに敬意を表します。
浪人時代、河合隼雄先生の本『子どもの本を読む』に出会い、以来、人間の「たましい」の問題に関心を抱くようになる。
仏教の無記の発想を重視すると共に、人間の心を癒す力を持った、たましいのあらわれとしてのファンタジーを重要なものであると思っている。
「目に見えないもの」の大切さをどう扱っていくか?に興味を抱く。
たましいを扱っていく学問領域として、ユング心理学、トランスパーソナル心理学に関心を持つ。それがきっかけとなって、大学で臨床心理学を学ぶ。
現在は、素人として、プライベートで独学で心脳問題を研究している。
心脳問題とは心と脳はどのようにつながっているのか?という問題であり、現在、これを解けた科学者は一人もいない。心脳問題とは、意識の問題とも言う。
私は、精神性(こころ、たましい)と科学性(脳、物質)が交錯する領域としての臨床心理学の立場から、多くの脳科学者から顧みられることのない、ジョン・エックルズの2元論相互作用説を「引き継ぐ」形で、意識の問題を論じる。
その他、精神性という観点からみた人生論のような雑感も論じていく。その点が、自然科学の枠内で意識にアプローチするプロフェッショナルの研究者の方と異なっている。
自然科学に基づいた学者が論じる意識とは脳内現象であり、人間を分子機械に過ぎないものとみなすアプローチである。果たして、脳科学者や心の哲学者の主流が考える、唯物論的な意識のイメージは正しいのか?
私はこの説に同意しないが、しかし侮れぬ強敵とも感じている。私はこの物理主義的な意識へのアプローチに敬意を表して、正面から向き合っていきたい。
人間とは一体何か?という大きなテーマを扱いたい。
果たして、人間は分子機械に過ぎないのか、こころ、あるいはたましいが物理的姿をまとった、機械以上の存在なのか、中立的理性を考慮したロジックで真正面から論じていきたい。
ゆえに、このブログでは意識、こころ、脳、科学、宗教、精神性、人生論といった分野を縦横無尽に横断して語っていきたい。
科学にも目に見えないものにも興味を抱く私は、両者の接点をいかに取り持つかにも関心がある。両者は果たして出会うことが出来るだろうか?あなたはどう思うかな?
宗教と科学の接点を求めて、意識と現実の多層性を縦断する魂の旅・・・
私は宗教と科学をつなごうとする試みにおいて、何かの強い「結論」を提示する意思はない。何を述べるにしても、一つの仮説として、このようなものの見方が出来るのではないか?というニュアンスでしか語ることはない。つまり、基本スタンスとして、何かを断定することはない、ということだ。
だから、ブログを読んだ方が、私と違った考えをもったとしても、それがどのようなものであったとしても、あなたの姿勢と対立する意思はない。
私は多様性の中の和合を尊重する立場をとる。このことを詩人の金子みすずの有名な一節を通して説明すれば、“みんな違って、みんないい”である。
あなたはあなたのスタンスを保ったまま、自由に気楽に読んでいただければいいし、もしコメントなさる場合、あなた自身の正直な見解を述べてくださればいい。
私はあなたとの違いと対立と言う形で認識せず、あなたの個性に敬意を表して、誠意ある反応を心掛けたい。
プロフィールを読んで下さったあなた、長かったけど、読んでくれてありがとう。あなたのブログも成功を祈ってます。
浪人時代、河合隼雄先生の本『子どもの本を読む』に出会い、以来、人間の「たましい」の問題に関心を抱くようになる。
仏教の無記の発想を重視すると共に、人間の心を癒す力を持った、たましいのあらわれとしてのファンタジーを重要なものであると思っている。
「目に見えないもの」の大切さをどう扱っていくか?に興味を抱く。
たましいを扱っていく学問領域として、ユング心理学、トランスパーソナル心理学に関心を持つ。それがきっかけとなって、大学で臨床心理学を学ぶ。
現在は、素人として、プライベートで独学で心脳問題を研究している。
心脳問題とは心と脳はどのようにつながっているのか?という問題であり、現在、これを解けた科学者は一人もいない。心脳問題とは、意識の問題とも言う。
私は、精神性(こころ、たましい)と科学性(脳、物質)が交錯する領域としての臨床心理学の立場から、多くの脳科学者から顧みられることのない、ジョン・エックルズの2元論相互作用説を「引き継ぐ」形で、意識の問題を論じる。
その他、精神性という観点からみた人生論のような雑感も論じていく。その点が、自然科学の枠内で意識にアプローチするプロフェッショナルの研究者の方と異なっている。
自然科学に基づいた学者が論じる意識とは脳内現象であり、人間を分子機械に過ぎないものとみなすアプローチである。果たして、脳科学者や心の哲学者の主流が考える、唯物論的な意識のイメージは正しいのか?
私はこの説に同意しないが、しかし侮れぬ強敵とも感じている。私はこの物理主義的な意識へのアプローチに敬意を表して、正面から向き合っていきたい。
人間とは一体何か?という大きなテーマを扱いたい。
果たして、人間は分子機械に過ぎないのか、こころ、あるいはたましいが物理的姿をまとった、機械以上の存在なのか、中立的理性を考慮したロジックで真正面から論じていきたい。
ゆえに、このブログでは意識、こころ、脳、科学、宗教、精神性、人生論といった分野を縦横無尽に横断して語っていきたい。
科学にも目に見えないものにも興味を抱く私は、両者の接点をいかに取り持つかにも関心がある。両者は果たして出会うことが出来るだろうか?あなたはどう思うかな?
宗教と科学の接点を求めて、意識と現実の多層性を縦断する魂の旅・・・
私は宗教と科学をつなごうとする試みにおいて、何かの強い「結論」を提示する意思はない。何を述べるにしても、一つの仮説として、このようなものの見方が出来るのではないか?というニュアンスでしか語ることはない。つまり、基本スタンスとして、何かを断定することはない、ということだ。
だから、ブログを読んだ方が、私と違った考えをもったとしても、それがどのようなものであったとしても、あなたの姿勢と対立する意思はない。
私は多様性の中の和合を尊重する立場をとる。このことを詩人の金子みすずの有名な一節を通して説明すれば、“みんな違って、みんないい”である。
あなたはあなたのスタンスを保ったまま、自由に気楽に読んでいただければいいし、もしコメントなさる場合、あなた自身の正直な見解を述べてくださればいい。
私はあなたとの違いと対立と言う形で認識せず、あなたの個性に敬意を表して、誠意ある反応を心掛けたい。
プロフィールを読んで下さったあなた、長かったけど、読んでくれてありがとう。あなたのブログも成功を祈ってます。





