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今年は異常気象?
梅雨前だというのに、30℃を超える真夏日がつづきます。
そんな暑い空間から逃げ出すように、赤目に行ってきました。
涼しいとまではいかないけれど、結構ながい滝巡り。。。。 快適に周ることができました。
とはいうものの、普段歩きなれていない私にはきつかった。。。。
ひとまず一番奥の巌窟滝を目指して、撮りたい滝を物色。
帰りにゆっくり撮ろうと思ったけど、思いのほか時間もかかりお昼時を大きくオバー(>_<)
空腹と疲れで、写真を撮る気力が。。。。。。。。
結局、三脚立てて撮ったのは、このあとの3枚だけ。
次回は、もっと早い時間に来よっと。。。。。 (*^^)v
気楽に行けるこの滝は、こういう山ガールや、サンダルにスカートといったラフな格好で訪れる
方々も。。。。。。
気軽に行ける、この避暑地。
何度か通ってみたくなりました。
■撮影日 2014年5月31日(土)
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奈良県の観光地
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1961年7月1日に開園した、奈良ドリームランド。
東京ディズニーランドよりも遥か前に、ディズニィーランドを模して造られた遊園地。
当時はお金持ちの子供しか遊ぶことができず、まさに子供たちの『夢の国』だったとか。
東京ディズニーランドや、ユニバーサルスタジオジャパンの開園。 ダイエーが経営に参加するが
ダイエーグループの経営悪化、交通の便の悪さなどから2006年8月31日に幕が降ろされました。
私も何度か行った記憶はあるものの、当時の写真は1枚も残ってはいなかったのは残念。
今は入ることができず、廃墟と化しています。
柵の外からですが、記念にと写真を撮ってみました。
ドリームランドの入り口。
バス停は今も『ドリームランド』の停留所で残っています。
当時人気のあった、木製コースターASKA。
園内の外周を周る駅舎 『夢の国駅』
いつ止まったのかな。。。。。
時刻は7時18分を指しています。
以前、奈良県にはドリームランド、あやめ池遊園地、生駒山上遊園地がありましたが、現存する
のは生駒山上遊園地のみ。
ふたたび、こういう夢のある施設が復活するといいなぁ〜と思うのは私だけかな。
■撮影日 2014年5月11日(日) |
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≪片岡家住宅≫
毎年、10月第四日曜日に行われる田原の火祭り。
今年の下の当家が、重要文化財の片岡家だと聞きお伺いしてきました。
片岡家住宅は、江戸時代初期より代々九ケ村を束ねてきた大庄屋で、瓦葺の主屋は寛文10年
(1670)に築かれた。また客室は(天明2年(1782)に改築)、表門(天保3年(1832)築)と共に
昭和36年に国の重要文化財に指定されました。
玄関は広く、天井は高い。
夏は涼しそうだが、冬は厳しそう。。。。。。
冒頭にも触れたが、この日は田原の火祭り。
片岡家は当屋に当たっています。
かなり早めに着いて玄関で様子を覗っていると、奥さまが敷地内に入れてくれました。
それにお茶とお菓子も。。。。。。
祭りの準備で、お構いはできませんがとのことでしたが、素敵なおもてなしありがとうございました。
奥にあるケヤキも有名で、幹周りは7メートル以上もあるようです。
正確な樹齢は不明ですが、この家が建つ前からここに建っていたという記録が残っています。
ということは300年以上もこの地を見てきて事になるんですよね。
■訪問日 2013年10月27日(日)
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私が応募した飛鳥フォトコンテストの展示があると聞き、
行ってきました。
結果は見事『落選』(^O^)/
でもでも、ブロ友のananさんは見事、かなり高い賞に選ばれていましたよ(^O^)/
写真展の光景はこんな感じ。
この中に4枚応募しています。
お時間ありましたら、涼みに一度お立ち寄りくださいね。
ここからは、資料館の展示物を。。。。
教科書でも見た覚えがあると思います。
では少し歴史のお勉強(^O^)/
興福寺仏頭です。
奈良市・興福寺に所蔵される銅造仏頭(国宝)は、もと山田寺講堂本尊薬師如来像の頭部であった。『玉葉』(九条兼実の日記)によれば、文治3年(1187年)、興福寺の僧兵が山田寺に押し入り、山田寺講堂本尊の薬師三尊像を強奪して、興福寺東金堂の本尊に据えた。当時の興福寺は平重衡の兵火(治承4年・1180年)で炎上後、再興の途上であった。この薬師如来像は応永18年(1411年)の東金堂の火災の際に焼け落ち、かろうじて焼け残った頭部だけが、その後新しく造られた本尊像の台座内に格納されていた。この仏頭は昭和12年(1937年)に再発見されるまでその存在が知られていなかった。
ウイキぺディアより転載
山田寺跡の東回廊
山田寺跡は昭和50年(1975年)に国有地化され、以後本格的な発掘調査が実施されている。発掘調査の成果のうち特筆すべきは、昭和57年(1982年)、東回廊の建物そのものが出土したことである。土砂崩れにより倒壊、埋没した回廊の一部がそのまま土中に遺存していたもので、柱、連子窓などがそのままの形で出土した。腐朽しやすい木造建築の実物がこのような形で土中から検出されるのはきわめてまれなケースであり、日本建築史研究上、貴重な資料である。出土した回廊はポリエチレングリコールによる科学的保存処置を施し、うち3間分が復原された形で奈良文化財研究所飛鳥資料館に展示されている。
ウイキぺディアより転載
明日香も歴史がいっぱい。
涼しくなったら、是非秋の明日香路 いかがですか?
■撮影日 2012年8月12日(日)
■所在地 高市郡明日香村奥山601 飛鳥資料館
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唐古・鍵考古学ミュージアムが、夏の節電対策で無料開放していると聞き
田原本に行くついでに寄ってみました。
もうすっかり夏〜(^O^)/
唐古・鍵遺跡は、蝉の鳴き声で暑さ倍増。。。。。
では、唐子・鍵遺跡のお勉強を少々。
名称唐古・鍵遺跡
時代弥生時代
所在地奈良県磯城郡田原本町大字唐古及び大字鍵
交通近鉄橿原線石見駅下車 東へ徒歩約30分
近鉄橿原線田原本駅下車 タクシー約10分
遺跡面積約42万平方メートル
指定面積約10万平方メートル
内容田原本町大字唐古から鍵にかけて所在する弥生時代の環濠集落遺跡である。奈良盆地のほぼ中央、標高48〜51メートルの沖積地に立地する。1936・7年、国道敷設用採土に伴い唐古池底の調査がおこなわれた。この時に出土した土器や木製品等は弥生時代の総合的な認識をもたらし、畿内の土器編年の枠組みを作った。その後、発掘調査は1977年に再開され、2009年3月までに106次に達している。
集落は、多条環濠を有し、大型建物や高床・竪穴住居、木器貯蔵穴、井戸、区画溝などの遺構で構成されている。大環濠(内濠)は直径400メートルの範囲を囲み、外濠を含めた全体では約42万平方メートルの面積を占める。出土遺物は土器、農工具・容器などの木製品、石鏃や石包丁などの石器、骨角器、卜骨などの祭祀遺物、炭化米、種子、獣骨類など多種多様な遺物、さらには銅鐸の鋳型などの鋳造関係遺物、褐鉄鉱容器に入ったヒスイ勾玉、楼閣の描かれた絵画土器など特殊な遺物も出土している。これらの遺構・遺物から本遺跡は、近畿地方の盟主的な集落と考えられている。
田原本町HPより転載
このあと、唐子・鍵考古学ミュージアムに向かいます。
ミュージアムでは、係員が丁寧に遺跡や文化など詳しく説明してくださいます。
撮影は3点のみ撮影禁止。
展示場には記載されていないので、詳しくは係員にお尋ねください。
写真は、当時の唐古の復元模型です。
無料開放期間は、7月1日(日)〜9月7日(金)です。
是非この機会に、見に行かれては。。。。。。
■撮影日 2012年8月3日(金)
■所在地 磯城郡田原本町阪手233-1
田原本青垣生涯学習センター2階 唐古・鍵考古学ミュージアム
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