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≪鹿背山橋台≫
黒光りした石積みが、なにやら貫禄を感じます。
向こう側には、旧関西本線の線路跡が谷底に見えますよ〜。
≪水道橋≫
鹿背山橋台から少し加茂方面に向かうと、旧関西本線に架かる水道橋があります。
橋の端には、穴ぼこがいっぱい。
これ本当に渡っていいのかと思いつつ、渡ってみました。
ところどころに、『大仏鉄道遺構めぐり』の案内板が。。。。。
≪梶ヶ谷隧道≫
このトンネルは、アーチの上側がレンガで、下側が花崗岩でできています。
保存状態も極めていいですね。
≪大仏鉄道が通ってた線路跡≫
梶ヶ谷隧道がある上の道。
かつては、この上に汽車が走ってたんですね。
≪赤橋≫
いまも現役。 いまは車が通る道を支えています。
かつて大仏鉄道が走っていた路線跡。
今も当時の景色が想像できますね。
≪松谷川隧道≫
いまは開発された大きな県道の下に、ひっそりと。。。。
この隧道の下は、農業用水路が通っています。
≪鹿川隧道≫
奈良市に唯一残る鹿川隧道。
今も水路として役目を果たしていました。
何度も通った事のある道の下にあったなんて、びっくりです。
≪黒髪山トンネル跡≫
当時は、トンネルであった黒髪山トンネル跡地。
廃線後も自動車道路として昭和39年まで使われていたが、拡張工事がはじまり大きな切通し
となった。 上に架かる跨道橋は山を切り崩す前に造られた。
黒髪橋。
自動車も通ることができる道でした。
≪大仏鉄道記念公園 佐保川鉄橋跡≫
大仏駅の南端部にあたる場所に最近造られた記念公園。
≪佐保川鉄橋跡≫
佐保川を覗いてみると、鉄橋の土台が今も残っています。
中央にある長方形のものが鉄橋の土台だそうです。
大仏鉄道遺構めぐりはここで終了。
このあと、JR奈良駅まで延長されたそうですが。。。。。
今回いっしょに周ってくれた相棒がこいつ。
結構畦道なんかも走ったり、無茶させました。
■撮影日 2014年5月11日(日) |
奈良県の道・鉄道
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以前から周りたかった大仏鉄道の遺構めぐり。
下調べもなく、月間大和路 なららの本を持って行き当たりばったりでJR加茂駅へ
≪旧加茂駅のレンガ積みのホーム≫
当時の大仏鉄道の煉瓦造りのホームが、現ホームの土台になっていました。
≪ランプ小屋≫
この大仏鉄道巡りでの目玉かも。。。。
明治30年(1897)10月に建築。 赤レンガ造り切妻屋根で煉瓦はオランダ積みだそうです。
当時は、油や機関車の前照灯、客車の照明塔などが保管されていたそうです。
今も、ポイント融雪用のランプを保管されているそうです。
小さな隙間から覗いてみると、目新しい自転車が。。。。。
≪動輪モニュメント≫
大正3年製の蒸気機関車、8620型の主動軸が加茂駅のモニュメントとして展示されています。
その脇には、加茂駅転車台跡で出土したレンガとレールが無造作に置かれていました。
≪工部省の金属標≫
どういうものかわからず、散々探して見つけた『エ』と矢印を刻んだ境界標識。
なんか当時の物なのか疑問を湧くほどきれいなのだが。。。。。
≪旧加茂駅跨線橋の柱 1≫
≪旧加茂駅跨線橋の柱 2≫
上の2枚の跨線橋の柱は、知らないと見過ごしてしまいますね。
大仏鉄道遺構めぐりも結構ポピュラーになり、遺構巡りのルートには、このような標識が立て
られています。
簡単なルート地図があれば、迷わず行けますね。
≪大仏船の石積み 1≫
加茂駅から奈良側に向かい一つ目の踏切近くに、当時の石積みが使われていました。
≪C57SL≫
貴婦人と呼ばれていた昭和12年(1937)製のC57 56が加茂小学校グランド横に設置されて
いました。 大仏鉄道で活躍した機関車ではないのですが、昭和34年4月の皇太子殿下(現天皇
陛下)の畝傍御陵参拝時にお召し列車として使われたそうです。
≪大仏線の石積み 2≫
泉川中学校近くにある大仏線時に造られた石積みが、現在の関西本線の路線にも使われて
います。
≪橋台に渡す石材?≫
観音寺橋台近くに、橋台に渡す用途で加工されたと思われる石材が橋げた代わりに使われて
います。
≪観音寺橋台≫
橋台の向こうは田園風景が広がっていました。
ここは、手前に大仏鉄道、奥にJR関西本線の橋台が並んでいます。
≪観音寺小橋台≫
観音寺橋台からすぐのところに、観音寺小橋台があります。
こちらは橋台お下には括れないよう柵がされていました。
その2へつづく。。。。。
■撮影日 2014年5月11日(日) |
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以前からチャレンジしてみたかった、大都市近郊区間大回り琵琶湖一周の旅(^O^)/
やっと実行に移すことができました。
だいたい、私。。。。電車に酔うんですよね。(>_<)
王寺 ⇒ 大阪間でも、天王寺を過ぎたあたりから調子が悪くなることあ多く、そのため仕事も
車で通勤ができるとこを選んだぐらい。
そんな理由で、今頃になったというわけなんです。
今回のルートは、大和小泉駅出発 ⇒ 加茂駅で乗換え柘植 ⇒ 草津線に乗り換えて終点、草津
⇒ 東海道本線の近江塩津まで新快速に乗り ⇒ 湖西線で京都を通過し大阪駅 ⇒ 最後は関西本線
にて一つ手前の法隆寺で終了。 という超、入門コースの旅としました。
車を、近くの駐車場にとめて、9時2分発 加茂行に乗ります。
電車にこんなものが。。。。
大阪方面では自動扉なんですが、利用客の少ない路線では、節電のためこのボタンを押さないと
ドアは開いてくれないんです。 知らなかった〜(@_@)
9時28分、加茂駅に到着。(^O^)/
ここで乗り換えます。
この電車はワンマンで、途中の駅では車内で精算を行います。
まるでバスみたい。
9時36分出発です。
運転席。
この旅で、一番雰囲気があった路線です。
木津川沿いを走る電車は、車窓からの景色も最高。(^O^)/
これからはじまる旅を期待させてくれました。
時刻表通り10時31分、柘植駅到着。(^O^)/
草津線に乗り換えるんですが、ここで30分の時間待ち。
草津駅の渡り廊下。 懐かしい光景です。
11時1分発の電車が来ました。
これに乗って、終点草津まで向かいます。
終点草津は11時45分到着です。
ここで駅弁を買う予定にしてたんですが、構内にコンビニがあるだけでした。(>_<)
聞いてみると、駅弁は予約しないとだめだそうです。
仕方なく、菓子パン3つでお昼を済ませます。
11時20分。草津駅を出発です。
定刻の13時35分、琵琶湖最北端の近江塩津に到着です♪
予定では5分後の湖西線に乗る予定でしたが、この銀世界を堪能したくて一本遅らせることに。
一本遅らせると、1時間5分待ちということに。。。。。
ここの構内では、うどん屋さんがありまいたが、月・金曜日は定休日。
通過する電車を見ていると、一時間もあっという間です!
おぉ〜(^O^)/ さすが雪国の地。 スプリンクラーで雪を溶かしていました。
乗ってた電車が、折り返し戻ってきました。
特急電車かな?
止まることなく、通過していきます。
わぁー 貨物電車(^O^)/
14時40分。
湖西線 姫路行きが到着です。
ここからの琵琶湖は見応えありそう。。。。
16時28分大阪駅到着です。
ラッシュを避け、16時42分発加茂行に乗りそのままひと駅手前の法隆寺に向かいます。
法隆寺に到着(^O^)/
これでJR160円の旅が終了です。
感想は、けっこう忙しく、ゆっくり旅の気分は味えなかった。。。。。
いい雰囲気だったのは、加茂 ⇒ 柘植間が最高(^O^)/
あとは、奥近江が一面の銀世界(^O^)/
お弁当は大失敗ですね。
次回は、お弁当持参しなあきません。
でも電車で食べるっていう感じじゃないです。 今回は構内で頂きました。
もし再度チャレンジするんだったら、和歌山方面まで足を伸ばしたいですね。
今回ルートや時刻表など、いろいろアドバイスいただいた、JR関係者みなさんに感謝です<m(__)m>
■撮影日 2013年2月22日(金) |
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空港探索さんのブログで調べて、第二次世界大戦の終戦まじかに造られた柳本空港を見に行って きました。 この地図。。。すごくわかりやすいので転載させていただきました。<m(__)m> 空港探索さんのブログ ⇒ http://airfield-search2.blog.so-net.ne.jp/ 地図上にあるA地点。 掩体壕がここにあったらしく、おそらくこのコンクリート片が掩体壕の 基礎じゃないかな。。。 道路から見るとこんな感じ。 唯一?柳本飛行場のことを書かれた案内板。 B地点。 滑走路の南端になります。 ここから北へ1500m北へ伸びていたらしく、幅は約100mあったそうです。 空港は未完成状態であり、実際造られたのはこの一本のみ。 この滑走路も、幅100mの内中央の50mのみがコンクリートで固められていたようです。 ちょうどこの道路が、その滑走路の上を走っています。 滑走路から龍王山を望む景観。 この地に、大和海軍航空隊の大和基地があったんですね。 わかりづらいですが、この道路の下には当時の滑走路がそのまま残っているそうです。 道路の隅には、至る所に当時の滑走路もコンクリート片が。。。。。 C地点。 通信所が設けられた可能性が高い防空壕。 厚さ20cmのコンクリートで覆われた防空壕です。 当時も土に覆われカモフラージュされて いたようです。 西側の出入り口。 奥にも防空壕が見えます。 あの防空壕がD地点です。 唯一入ることのできた出入口。 防空壕の出入り口はすべてYの字になっています。 向こう側も出入り口。 この中に縦に3つ部屋があるそうです。 私は怖がりなので、ここまでが精一杯(-_- ![]() こちらはD地点の防空壕。 こちらの防空壕は、農機具などで入ることはできませんでした。 奥に見えるのは、C地点にある防空壕。 こちらの防空壕は、土を半分剥がされた状態です。 お陰で防空壕の形がよくわかります。 また、コンクリートの質が悪いのもよくわかりますね。 どちらの防空壕にも、このような換気口が設けられていました。 たまたまツアー?の方達と遭遇。 解説されていた方は、人間魚雷に乗る予定が人間魚雷が無くこちらへ移動してきた方のようで あった。 そう、ここは海軍の大本営をここに移転するとともに、特攻隊の出撃基地にもなっていた ようです。 実際ここから特攻に出られた機体はなかったようだが、迎撃のための出撃は一度あった ようで、3機帰らなかったようなことを言ってられたような。。。。 D地点の出入り口のひとつはこんな感じ。 次は、唐子遺跡にあった高射砲跡地。 空港建設にあたって、移転された白堤神社の跡地と移転先の白堤神社。 おそらく建設の物資を運んだ柳本駅を掲載します。 ■撮影日 2012年5月31日(木)
■所在地 天理市柳本町・西長柄町 |
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奈良県と大阪府を結ぶ国道。 そうこの狭い道が、な・なんと国道308号線なんですよ。 特に大阪府側は狭いは坂の勾配は半端じゃないは、おまけにすごいカーブと来たもんだ。 初心者ライダーなら登れないんじゃないかと思うほど。。。。。 私のアメリカンだと、アクセルを戻したら即エンスト。 転倒。 転げ落ちるという恐怖が。。 この石畳は、江戸時代に郡山藩によって敷設されたもの。 歴史がある石畳なのです。 暗峠の頂上が、県境です。 ここには昔から茶屋があったんでしょうね。 今でも、茶屋がありハイキングを楽しむ人達で賑わいます♪ ■撮影日 2011年3月13日(日)
■所在地 奈良県生駒市西畑町と大阪府東大阪市東豊浦町との境にある峠。 |



