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【下笠間 虫おくり】
■撮影日 2016年6月19日(日)
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奈良の祭 6月
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毎年6月16日に行われる、山田の虫送り。
こちらでは下山田、中山田、上山田と各垣内ごとに行われます。
今回は、上山田の虫送りを拝見させていただきました。
八阪神社で火を灯すと思いきや、八阪神社より10分ほど上に登った道沿いで火を灯します。
「虫送り」は、昭和の初めごろまでは多くの農村地帯で行われていた行事でした。
田植えのはじまる頃に、日頃殺生した虫の供養と、水田の害虫を追い払い豊作を祈る行事として
昔から行われていたそうです。
今では行われるとこは少なくなりましたが、ここ天理市山田町では、上・中・下山田各垣内が
この日に一斉に行います。(天理市の無形民族文化財に指定)
途中、お松明を持った方達がここで待機。
お松明の行列は、ここから更に倍になりました。
下山田、中山田では、子供たちもお松明を持っていっしょに虫送りされていたのに、ここ上山田
では、子供たちはお松明を手にしていませんでした。
たまたまなのか、それともなんらかのしきたりがあるのかはわかりませんが、次回お伺いした
時に聞いてみようと思います。
これで山田町の田植えも一段落です。
豊作の年になるといいですね。
■撮影日 2014年6月16日(月) |
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鍵の蛇巻きを途中まで見て、隣村の今里へ。。。。
着いた時はほぼ蛇は完成。
ちょうど今年の蛇に清めの酒を飲ませていました。
おやっ! っと感じたのは、今里は神職による儀式はなく、すべて氏子たちで行われているん
ですね。
このあと、拝殿で直会がはじまります。
直会では、子が当家をはじめお手伝いいただいた氏子たちをもてなします。
慣れない手つきで、お酒を注ぎまわります。
昆布に包まれた、みそ風味のお団子?
境内にいるみんなに配られます。
前回頂いたのですが、私はちょっと苦手かな。。。。。
いよいよ主役の「頭持ち』が担ぐ蛇が集落を練り歩きます。
蛇巻きの主役は「頭持ち」と呼ばれる13から17歳になる子供です。
彼らは大人への仲間入りを祝うとともに、豊作を祈願する農耕儀礼だったすです。
今もその儀式を守っています。
ただ近年、子供たちも少なくなって人数が揃わなくなってきているそうです。
一行は集落のお宅を周ります、ご祝儀?を頂きます。
途中、蛇が暴れだし、周りの者を巻き込みます。
これが一番の楽しみです。
近くにいると、カメラマンも関係なく巻き込まれたり。。。。。。
はじめて伺った時は、そんなことも知らず巻き込まれちゃいました。
今年はちょっとお疲れモードだったので、ここで失礼しました。
よろしければ、前回の記事をご覧ください。
2010年6月6日準備編 ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/a02221370209/60818697.html
2010年6月6日練り歩き編 ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/a02221370209/60843589.html
■撮影日 2014年6月1日(日)
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天気予報では雨。
なのにお天気はご覧の通り青空が見えるちょっと変なお天気でした。
着くと、大蛇を祀るヨノミの木に蛇が。。。。。。。
これは奇遇ですね。 もしや大蛇だったのかも。。。。。。。
では、集会所で頂いた行事の説明がありますのでここに転機します。
上品寺町-シャカシャカ祭り
県下における最も有名なノガミ祭りの一つで、古くは旧暦の5月5日に行ったが、現在
は6月5日に行われている。
元は、ムラの北端の北口の池にノガミ塚があったが、道路建設(中和幹線道路)のた
め新池(集会所建設のため埋め立てられた)の南のヨノミの木でまつっている。昔は麦薬
(今は稲薬で頭屋が準備)を、7才から15才くらいまでの子供たちが持ち寄り、5m程の
ジャをつくった。 ジャは子供たちによって担ぎ出され、北口の池・南口の池に運ばれ、
水に漬けて水を飲ませる所作を行う。 そして新池に行き、子供たち共々池に漬けられ、
戯れる。 その後、池の南のヨノミの木に登った格好で木に巻きつけて納められる。
ヨノミの根元に御神酒や粽(ちまき:ヨシの葉に包む)などを供え、その年の方策を祈る。
頭屋は長男の生まれた家がつとめる。 ムラに長男が2人生まれた場合は、生まれた月に
よって後先をきめ、後の方は翌年に頭屋をちとめる。 なお、行事の経費は、子供のある家が
小額ずつ出し合うが、その大部分は頭屋負担である。
この行事のいわれとして、次のような伝承がある。
このムラでは長男が生まれると、3月3日の節句に、氏神の前で籤(くじ)を引き、籤の当た
った家の子供は5月5日に、ノガミさんに人身御供として差し出さなければならなかった。
これをおこたると、田植えをしても何者かに抜かれて、米が収穫でkなくなり飢饉(ききん)を
招くという。
ある時、このムラに1人の青年がやってきて1夜の宿を乞い、先の人身御供の話を聞き、
魔性のものがノガミに住みついているとし、その退治をかって出た。 案の定、大蛇が住み
ついていたため、青年は酒で眠らせてムラの者とともに大蛇を退治し、ムラの災いを除いたと
いう。 ムラ人は退治した大蛇を葬り、毎年、大蛇の命日である5月5日にかつて人身供養と
なる長男の生まれた家を頭屋として、藁で大蛇をつくり、大蛇の供養をするようになったという。
また、一方では新池の北岸にある寺の僧兵たちが、戦乱で亡くなった人々を供養するたまに
、塚を築き祀ったのがこのノガミの塚であるともいう。 さらに、かつてこの地は河川が分岐し、
二つの河川にはさまれた場所であったという。 そのため、度々河川が氾濫し、ムラ人たちが
困っていたため、先の僧兵たちが治水工事をしてムラ人たちを救ったという。
その記念にこのノガミの塚を築いたとも伝える。
橿原市史より転載
てっきり旧村に建つ集会所で行われると思いきや、大きく様変わりした集会所で蛇が作られます。
周りはマンションが建ち子供たちはいるのですが、いまでは珍しく6月5日に行事は固定されて
いることからか、集まりは悪いようです。
昔は蛇も子供たちが作っていたそうですが、学校があるので自治会の大人たちが作るようになった
そうです。
蛇の前に供えられているのは、蛇のエサだと言われていました。
このちまきは、米粉1Kgにぬるま湯を注いで捏ねたものを、長さ約20cm、直径約10cmに
整えて、中心に竹串を挿しハラン(葉蘭)の葉で包まれたもので2個つくられます。 上品寺集会所の脇から出発です。
頭屋さんが先頭を歩き、子供たちが蛇を担いで集会所付近を練り歩きます。
昔からつづく行事は、マンションや住宅地が建ったりとでアンマッチの光景の中行われます。
途中2か所で大蛇に水を飲ませます。
このシーンが一番の見どころかもしれませんね。
最後は、集会所の横に建つ ヨノミの木に大蛇を括り付け終了です。
神主さんやお坊さんが来られることはありません。
練り歩きがはじまってわずか30分ほどで解散です。
最後は、参加した子供たちの記念撮影。
■撮影日 2014年6月5日(木)
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談山神社から桜井駅方面に下ってくると、右手に等彌神社が鎮座しています。
入り口はそんなに大きな敷地を持つ神社とは感じないのですが、中に入ると鳥見山(標高245m)の麓に
境内があり、鳥見山まで敷地はつづきます。
紅葉の季節は、境内一面真っ赤に染まり、よくライトアップの時期は撮影に伺わせてもらっています。
6月30日、半年の罪やけ穢れを取り除いていただきます。
この日は多くの神社で、夏越しの祓(茅の輪くぐり)が行われていなす。
まず宮司が通り、氏子・関係者・一般の方とつづきます。
三度茅の輪をくぐり、そのまま本殿へ向かいます。
参拝者全員を、拝殿にお招きくださいます。
人型が配られ、厄払いが行われます。
外で撮影させていただいていた私にも、人型をくださいました。
人型に息を吹き込み、頭や肩、悪いところに中に入っている紙片をまぶします。
お祓いが済むと終了です。
半年分の罪と穢れを取っていただき、スッキリです。
神事終了後、茅の輪?をいただきました。
■撮影日 2013年6月30日(日)
■所在地 桜井市桜井117 等彌神社境内 |


