入間洋のブログ

1950年代から1970年代の米英映画を楽しもう

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先日上掲イメージにあるロバート・アルドリッチの「北国の帝王」(1973)を見ましたので本日はアルドリッチを取り上げてみましょう。彼には、一種のサバイバルの為の闘争というようなテーマが扱われていることが多く、従って主要登場人物が男であろうが女であろうが野郎硬派的nな印象を強く与えます。そのアルドリッチの最初期の作品は、「アパッチ」(1954)、「ヴェラクルス」(1954)という西部劇作品でした。個人的に最近はあまり西部劇を見ていないこともあり、これらの作品についてコメントは現状では出来ませんが、「ヴェラクルス」のようなポピュラーな作品を初期の頃から撮っていたことになるわけです。この後「キッスで殺せ!」(1955)というマイク・ハマーものハードボイルド映画があり、国内でもDVDが発売されているようですが個人的には見たことがありません。公開時はあまり評判は芳しくなかったそうですが、ヨーロッパでまず評価された作品のようです。それと同年に、日本劇場未公開映画の「The Big Knife」(1955)がありますが、アルドリッチとしては珍しく舞台劇的な趣の強い作品です。しかしながら、ジャック・パランス、ロッド・スタイガー、アイダ・ルピノ、シェリー・ウインタースというようなクセ者達が強烈な会話バトルを繰り広げるという点では既に全盛期のアルドリッチを彷彿させるものがあります。「攻撃」(1956)は戦争映画ですが、エディ・アルバート演ずる無能な上官に焦点を当て、反戦とまでは言わないとしてもいわばアンチヒーロー的ポイントに重点がある映画でした。ベトナム戦争が泥沼化するより遥か以前にこのようなテーマの映画が製作されていたこと自体が1つのトピックであると言っても良いかもしれません。「The Big Knife」同様、あまり演技派であるようには見えないジャック・パランスが印象的でした。

60年代に入ると宗教ものの「ソドムとゴモラ」(1961)がまずありますが、どこかで誰かが述べていたように宗教もの映画は、監督の特徴が際立って反映されることが少ないジャンルであり、この作品でもアドリッチらしさを見分けることは困難であったように思います。「何がジェーンに起こったか?」(1962)はご存知のように文字通りアルドリッチの名声を決定付けたとも言える作品であり、ベティ・デイビスとジョーン・クロフォードの女同士の陰惨且つ壮絶な争いは(と言っても要するにデイビスのクロフォードに対するイジメではありますが)、アルドリッチお得意の闘争サバイバルテーマの変奏曲であると考えてもよいでしょう。彼はこの設定が気に入ったか、フランク・シナトラ、ディーン・マーチン主演のどうでも良い西部劇「テキサスの四人」(1963)を挟んで同工異曲の作品「ふるえて眠れ」(1965)を撮っています。「ふるえて眠れ」では、今度はベティ・デイビスの方がいわばイビラれ役になりますが、ただクロフォードは病気であった故か代わりにオリビア・デ・ハビランドがいじめ役を演じており、丸顔で男で言えばボッチャンボッチャンしたタイプのハビランドはいかにもおしとやかに外見では見えながらも内実は邪悪な妄想が渦を巻くスピンスターを演じていてイメージのギャップが興味深いところです。実はベティ・デイビスもジョーン・クロフォードも60年代は明らかに凋落傾向にあり(と言っても昔は早々と引退する女優さんが多かったのでむしろ健闘を称えるべきかもしれません)、両者とも怪しげなホラー作品に何作か出演していますが、アルドリッチの作品は60年代の彼女達に最善のアクティングチャンスを提供したと言っても過言ではないでしょう。

砂漠に不時着した飛行機の乗員乗客達がいかにサバイバルするかを描いた「飛べ!フェニックス」(1965)は、アルドリッチの闘争サバイバルテーマが最も純粋な形で表面化した秀作であり、女性をほとんど全く登場させず(おりょぼ口の俳優ロナルド・フレイザーの妄想の中でダンサーがチラリと登場するのみ)、飾り気全く無しのストレート勝負はこれぞ硬派の映画と快哉を叫びたくなります。子供の頃TV放映で見て以来この映画のファンですね。「特攻大作戦」(1967)も野郎ムービーですが、戦争映画というよりは「ナバロンの要塞」(1961)や「荒鷲の要塞」(1969)同様アクション映画として扱うべきでしょう。何かの映画の中でトム・ハンクスであったかが女性映画ファンは「めぐり逢い」(1957)を見て涙するが、男はこの「特攻大作戦」のラストで感涙に咽ぶというようなセリフを吐いていたように覚えていますが、さすがにこれは私めには少し大袈裟に響きますね。というのは、「特攻大作戦」は正直言えば一般に思われているよりは個人的には評価が低い映画であり、この映画ならば他に素晴らしい映画がアルドリッチには数多くあり、たとえば戦争関連の映画であれば「攻撃」の方が内容的には遥かに興味深いですね。

日本劇場未公開の「甘い抱擁」(1968)は、外見上はこれまでとは打って変ってレズビアンが主人公の映画ですが、しかしモノホンさんから見た場合これが本当にレズビアン映画と言えるのかは大きな疑問かもしれません。とても面白いとは言えない作品ですが、内容自体よりもこの映画に関しては高名な社会学者アーヴィング・ゴフマンが「Frame Analysis」という著書の中で言及していてそちらの方がむしろ興味深いところです。要するに、映画の中でレズビアンを演ずることは、1960年代当時は映画の持つ慣例(ゴフマンの言うところのフレーム)を大きく逸脱することだったのであり、逸脱であったが故にロール(役)と現実の区別が曖昧になり、それが役者としてではなく現実の自分に対する何らかの影響力になり得ることに対して大きな不安を抱いていたことについて、スザンナ・ヨークがノーラ・エフロンのインタビューの中で語っているのを「ロール」或いは「フレーム」というようなキーワードをしばしば用いるゴフマンが取り上げているのですね。長くなるので詳細については、ホームページの映画寸評コーナーの「甘い抱擁」のレビューを参照下さい。

1970年代に入ると「燃える戦場」(1970)という戦争映画がありますが、高倉健がかなりケッタイな日本軍将校役で出演しているところが唯一の見所でしょう。それよりも、彼の作品としてはマイナーな部類に分類されるギャングもの映画「傷だらけの挽歌」(1971)の方が彼らしい作品です。この作品には、映画史上最凶悪とも言えそうなおばさんギャングが出てきて見ているこちらまでがビビりそうです。お次は上記イメージの「北国の帝王」(1973)ですが、これまたほぼ野郎ばかりが登場する映画であり、遭難サバイバル映画の「飛べ!フェニックス」や戦争アクション映画の「特攻大作戦」に女性がほとんど登場しないのは舞台が舞台であるだけに頷ける面がありますが、こちらは息抜きに女性が登場していたとしてもそれ程不思議はないだけに、いかにも硬派のアルドリッチならではというところでしょうか。ただ1シーンのみ女性が登場しますが、モデルのようなおねえちゃんが腋毛をそっているところをキース・キャラダインが思わず知らず覗いているという、ボードリヤールか誰かであればいかにもファルス的なエロと言いそうな程、資本主義的、商業主義的、プレイボーイ誌的に表層的且つ奥行きのないエロジョークになっていてむしろ微笑ましささえあります。それにしても、アーネスト・ボーグナインとLee Marvin(漢字にすると登録エラーになるのは何故だ???)が凄まじい形相でぶつかり合うのは、もともと両人共にゴツゴツのいかつい顔をしているだけに並ではない迫力があります。(・・・以下実際にはもう少し書くつもりでしたが、このブログよく意味不明の漢字登録エラーが連発し、しかもどの部分が悪いかも表示されないので少しずつ登録しなければならず時間がかかりすぎるので省略します。変なブログ!!!!)

「ロンゲスト・ヤード」(1974)は、バート・レイノルズ主演のフットボール映画ですが、これも野郎の意地が炸裂する映画でした。個人的にはバート・レイノルズはアルドリッチ的に硬派な映画には合わないような印象があり、たとえば次作の「ハッスル」(1975)などは全く面白くない映画であったように覚えていますが、「ロンゲスト・ヤード」はなかなか面白い映画でした。実はこの映画は劇場公開された時に見に行きましたが、「レニングラード攻防戦」というソビエト映画と二本立てでした。この時のことはよく覚えていて、それは何故かというと、「レニングラード攻防戦」は雪のソビエトが舞台であるにも関わらず、字幕が白抜きであった為ほとんど読めない状態にあり、ソビエト映画らしく3時間以上という長時間が難行苦行になってしまったからです。戦争映画なのだから字幕を読む必要はあまりないのではないかと思われるかもしれまんが、実はこの話には裏があります。すなわち、何とこの3時間を越える「レニングラード攻防戦」は前編に過ぎないことに見終わってから気付いたのですね。全く間抜けな話ですが、肝心のレニングラード攻防戦は後編のお預けで字幕が読めないので何が起こっているかさっぱり分からないようなドラマが3時間以上に渡って延々と続いていたのをポケーと眺めていただけなのですね。今は亡きオヤジと一緒に見ましたが、そのオヤジも何が何だか分からんからこれからはソビエト映画は見ないようにしようなどとグチっていました。因みに、「レニングラード攻防戦」の後編は3,4年くらい後になって公開されましたが今だに見たことがありません。すなわち前編だけ見て、レニングラード攻防戦の包囲された後の肝心のクライマックスシーンは何も見ていないということになります。

「合衆国最後の日」(1977)はアルドリッチの最後の力作であり、核ミサイル基地とアメリカ大統領を人質にとるというストーリーは、彼にしては珍しく政治的なコノテーションを孕んでいますが、バート・ランカスターを筆頭としたパワフルなパフォーマンスが光る作品でした。このタイトル、海外ではDVDは未発売のはずですが国内では出ています。しかしながら値段が5000円近くするのには参ってしまいました。「合衆国最後の日」以後の作品は、まああまり大したものはないので省略します。


ホームページアドレス:http://www.asahi-net.or.jp/~hj7h-tkhs/jap_actress.htm

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「北国の帝王」は何のために2人が命をかけて戦っているのか良く分かりませんでしたが、印象深い映画でした。この主題歌が好きでした。「何がジェーンに起こったか?」は私には良さが理解できません。 削除

2006/6/24(土) 午後 1:00 [ Mag ] 返信する

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私めも「何がジェーンに起こったか?」は、しばしば見るわけではありませんが(ということでレビューもまだ書いてはいません)、まあやはりベティ・デイビスとジョーン・クロフォードの壮絶なやり取りは1つの見ものではありますね。「北国の帝王」もそうですが、アルドリッチの場合、意地が前面に突出するキャラクターがよく登場します・ 削除

2006/6/24(土) 午後 10:08 [ 入間洋 ] 返信する

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はじめまして!
おっしゃるように、確かに『北国の帝王』はむさ苦しい映画でしたね(笑)。しかし個人的にはアルドリッチらしい秀作だと思います。トラバさせていただきました^^

2009/4/29(水) 午前 2:03 [ user t ] 返信する

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はじめまして。ホームページのレビューには確か書いた記憶がありますが、「北国の帝王」は、テーマがテーマだけにアルドリッチのエッセンスが見事に活かされている作品であると見なしています。ほかの監督であれば、そもそも映画にはしないかもしれませんね。 削除

2009/4/30(木) 午前 2:33 [ 入間洋 ] 返信する

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