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前回の記事の続き。
そもそもなぜ、↓
を作ろうと思ったか?
以前、「国籍マーク」について調べた時に、
そのあまりに軍隊らしからぬマーク
に衝撃(笑: 失礼!>NZの方々)を受けて以来、
ニュージーランド空軍について、興味を持った。
調べていくと、マークだけではない、
ニュージーランド空軍の、他の国では考えられないような事実が、
いろいろわかってきた。
なんと、ニュージーランド空軍は、
「戦闘機を持っていない」のである。
何でも、冷戦終結後、戦闘機をすべて廃止し、
空軍は輸送及び哨戒(パトロール)の任務に特化したそうだ。
例えば日本とは、状況が大きく異なるとはいえ、
これはある意味「すごい勇気」だと思う。
それはともかく。
上↑の写真のB757は、
NZ空軍の中で唯一のジェット機だそうだ。
(都合2機所有。)
旅客機ベースの機体を軍用機として運用している軍隊はいくつもあるが、
輸送が主な任務のNZ空軍において、
大きな輸送能力を持つこのB757は、
文字通り「主力戦闘機」ならぬ「主力軍用機」(?)だ。
そんな「戦闘機のない空軍」の軍用機、
雰囲気だけでもうまく表せているだろうか。
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言語・文化(文系モノ)
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X-35を作った際、「国籍マーク」について調べた。
国籍マークとは、軍用機に付いている、所属する国籍(空軍)を表すマーク。
日本なら日の丸、アメリカなら星とストライプなど、
その国の国旗や特徴的な事物をかたどったものが多い。
日本の国籍マーク
アメリカ空軍の国籍マーク
その中で、イギリス連邦の国籍マークは、
英国空軍のマーク
の、(外側から)青・白・赤の、一番内側の赤丸を、
その国を象徴する動植物に置き換えたものになっている。
例えば、カナダなら楓。
オーストラリアなら、カンガルー。
そして、ニュージーランドは、これ。
キーウィ(鳥)である。
ニュージーランドの方には失礼ながら、これを見たとき大笑いしてしまった。
「キーウィ?いくらなんでも弱すぎるだろう!」
キーウィは、ニュージーランド特産の鳥。
ニュージーランドの国鳥でもある。
ニュージーランド国民から広く愛されている鳥である。
それにしても、である。
キーウィは、1日24時間のうち、20時間は寝ている。
残りの4時間のうち、3時間は食べている。
キーウィは、全く狩りをしない。
起きているときは、地面を突っついて虫やミミズばっかり食べている。
動きも全く素早くない。
もともと、天敵のいない環境で進化したため、
「逃げる」という必要がない。
だから、10世紀頃に初めて人間がニュージーランド島に上陸し、
犬や猫やキツネや、狩りをする動物たちを持ち込んだら
(もちろん人間も捕まえて食糧にした)、
たちまち狩られて、今では絶滅寸前になってしまった。
※ちなみに現在では、キーウィを狩ることは、固く禁じられています。
つまり、一言で言うと、「とても弱い」。
私の知っている限り、鳥の中では、「最弱」と言ってもいい。
そもそも、キーウィは飛べない。
羽は退化してしまって、羽ばたくことすらできない。
そんな飛べない鳥が空軍の紋章というのも、
かなりの違和感、というか、不思議な感じだ。
ニュージーランド人は、なぜそんな鳥を、
空軍の紋章に選んだのか?
でも、ある意味、
争いを好まないニュージーランド人には、
最もふさわしい紋章であるとも言える。
「軍隊は戦争をするためにあるのではなく、
戦争をしない/させないためにあるものである」
という考えからすれば、キーウィのマークは、
実は軍隊にはとてもふさわしい紋章なのかもしれない。
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「ウルトラセブン」に「チブル星人」という宇宙人が登場する。
「怪獣ブログ チブル星人」より
タコに似ているがタコとは違い、
頭に見える部分は文字通り頭で、
中には脳みそがびっしりつまっている。
何でも「宇宙一頭のいい宇宙人」なのだそうだ。
その知能指数、なんと 50000 (!)。
『知能指数1300』のルチ将軍をはるかに凌ぐ。
(知能指数の定義より、最大値はどうやっても300程度らしいのだが、それはおいといて…
ちなみにこのチブル星人、
実際の行動はその知能指数の数値ほど知能的ではなく、
自分の立てた作戦が失敗したとわかったら、
無謀にもウルトラセブンに肉弾戦を仕掛け
(しかもセブンには軽々と受け止められてしまう)、
最後にはセブンのエメリウム光線を受けて溶けてしまった。
「知能指数50000」もあるならば、
セブンに「素手」で立ち向かっても勝てないことくらいわからなかったのだろうか…
何しろ相手は「生身」の体に光線やら刃物やら装備している宇宙人である。
作戦が失敗したときの「プランB」を持っていなかったこともお粗末である。
………
さて、実はこの記事はウルトラセブンのお話ではなく、
「言語学」にまつわるお話である。
記事のカテゴリーを表す「書庫」でも、
「模型・特撮」ではなく「言語」に入れてある。
その理由は、この星人の名前「チブル」にある。
この「チブル」という言葉、
実は沖縄の言葉(琉球語:いわゆる「ウチナーグチ」)で、
「頭」という意味である。 [0]
「ウルトラセブン」の脚本家の一人が沖縄出身で、その方が付けたそうだ。
私がこのことを知ったのは確かもう20歳を過ぎた頃だっただろうか。
なるほど、『あたま星人』とは言いえて妙だ、と感心しながら、同時に半信半疑だった。
「『チブル』なんて奇妙な言葉、実際は使わないよね。たとえあったとしても古語だよね。」
それからさらに10年ほどして、沖縄に行く機会があった。
ある朝、地元の方が、具合の悪そうな様子で現れ、こう言った。
「あ〜、チブル痛い。」
衝撃が走った。
そして感動し、心の中で叫んだ。
「本当に言うんだ〜!」
かくして、現代でも使われる生きた言葉である「チブル」であるが、
これにはちゃんと対応する「大和言葉」がある。
何だかお解かりだろうか?
※伝統的な「沖縄の言葉」は、
日本語とは(同系統の)別の言語であるという説と、
日本語の一方言であるという説の両方があるが、
このブログでは便宜的に「琉球語」と呼ぶ。
(「耳で聞いて意味が取れない言葉は別の言語」という立場で。)
また、本土の日本語を便宜的に「大和語」と呼ぶ。
(「大和朝廷に由来する言葉」という意味で。)
「チブル」の説明をする前に、他の単語の例を見てみよう。
内地(沖縄の人は日本本土のことをこう呼ぶ)でも良く知られている、
「沖縄」を意味する言葉
ウチナー
は、正確に
オキナワ(沖縄)
に対応するし、
NHKの朝ドラ「ちゅらさん」の
チュラ(美しい)
は、正確に キヨラ(清ら)
に対応する。
ちなみに、平安時代では「清ら」は「清らか」よりもむしろ「美しい」という意味だったそうで、
意味的にも琉球語と(昔の)大和語が対応していることがわかる。 [1] [4]
では、どのように「対応」しているのか。
以下に大和語と琉球語(両者とも現代語)の対応規則をピックアップする。
簡単のため、本記事に必要なもののみの抜粋である。
規則1: 母音の対応 [1][2][3]
大和語 a i u e o
琉球語 a i u i u
規則2: キ音(大和)の対応 [1][2]
大和語 キ
琉球語 チ 規則3: 口蓋子音の対応 [2][3]
大和語 ス ズ ツ
琉球語 シ ジ チ 規則4: w音(大和)の消失 [3] 大和語 awa (アワ)
琉球語 ah (アー:長母音) それでは、上記を基に、「ウチナー」「チュラ」を解読する。
まずは「ウチナー」。
規則1より、琉球「ウ」は大和「ウ」または「オ」に、
規則2,3より、琉球「チ」は、大和「キ」または「ツ」に、
規則4より、琉球「ナー」は大和「ナワ」に、
それぞれ対応するので、
琉球「ウチナー」→大和「ウキナワ」または「ウツナワ」または「オキナワ」または「オツナワ」
に対応する。
両方の言語の語彙より、
対応する大和語としてもっとも「確からしい」のは3番目の「オキナワ」なので、
琉球「ウチナー」=大和「オキナワ」
(記号「=」は対応関係を表す)
という対応が「推定」でき、これをもって対応が発見されたと見なす。
このように、両方の言語の知識を駆使したある程度の「推定」が必要にはなるが、
本質的には対応規則より個々の単語の対応関係を発見することができる。
※アクセント等、より詳細な対応規則を発見することで、
上記の推定の幅を小さくできる可能性はあるが、
具体的には筆者の不勉強により確認できていない。
この規則は「傾向」ではなく、極めて厳密な「法則」であり、一切の例外を認めない。
もし「規則」に反するような例外がひとつでも発見されたら、
その例外をも包含するようなより一般的な対応規則を抽出することが必要になり、
同時にその新しい法則が既存の全ての事例と矛盾しないことを確認する必要がある。
決して、ご都合主義的に例外を作って対応を「でっちあげる」ことは許されない。
ここまで示せて初めて、
ある言語Aとある言語Bに「音韻対応の法則」が成り立ち、
2つの言語AとBに、親族関係があることが証明できる。
ここが、巷間の怪しげな「言語同源説」と「本物の」言語学の違いであり、
例えば「インド・ヨーロッパ語族」に属する全ての欧州および南アジアの言語は、
上記のような厳密な検証を経て、親族関係が立証されているのである。
もちろん、大和語と琉球語も、上記のような厳密な検証を経て、
親族関係が立証されている。
さて、解読に戻ろう。
次は「チュラ」である。
まずは、「チュ」は「チユ」の変化したものであるという規則を追加する。
この変化は、琉球語の内部で生じたとし、以下の「補助規則」を導入する。
補助規則A 拗音への変化(琉球)
琉球語 チユ
琉球語 チュ
この補助規則Aは、琉球語内部の拗音への変化なので、
既存の大和語と琉球語の対応規則には矛盾しない。
※本来ならば、他の「チュ」を含む単語も調査し、
上記の補助規則が確かに成り立っていることを示さねばならないが、
ここでは省略する。
(既に研究者によって示されていると信じる。)
一方、
規則2,3より、琉球「チ」は、大和「キ」または「ツ」に、
規則1より、琉球「ユ」は大和「ユ」または「ヨ」に、
それぞれ対応する。
上記の規則および補助規則を組み合わせると、
琉球「チュラ」→大和「キユラ」または「キヨラ」または「ツユラ」または「ツヨラ」
に対応することがわかる。 意味の確からしさを取って、対応
琉球「チュラ」=大和「キヨラ」 が発見される。
このようにして、
個々の単語に対する琉球語と大和語の対応が導き出せるわけである。
さて、いよいよ問題の「チブル」に移ろう。
実は琉球語「チブル」は大和語「ツブリ」に対応することが「定説」となっているようだ。
「ツブリ」とは「ツムリ」とも言われ、大和語で「頭」の古語である。
現代でも頭のことを「オツム」ということがあるが、この「ツム」は「ツムリ」が語源である。
これを「音韻対応の法則」から見てみよう。
規則2,3より、琉球「チ」は、大和「キ」または「ツ」に対応するので、 琉球「チブル」→大和「キブル」または「ツブル」
に対応することがわかる。
意味の確からしさを鑑み、後者を選択すれば、
「チブル」→「ツブル」
までは復元できる。
だが、「ツブル」であり、「ツブリ」ではない。
上にも書いたが音韻対応の法則は極めて厳密な法則であり、
一切の例外は許されない。
下記のような法則
規則4': ル音(琉球)の対応
大和語 リ
琉球語 ル がない限り、
琉球「チブル」=大和「ツブリ」 は証明できないのだ。
そして、現在のところ、私は規則4'を発見することができていない。
さらに「悪い」ことには、
[2] の表(対応規則の全体が載っている)を確認すると、
規則4: ル音(琉球)の対応
大和語 ド
琉球語 ル とあり、これでは
琉球「チブル」=大和「ツブド」 になってしまう!
困った。
「定説」が証明できない。
この謎は、現在調査中である。
さすがに私がここで「言語学の新発見」をしたとは思わないので、
どこかに法則が示されていることを期待するが、
なにぶん言語学は私の専門分野ではないので、
調査は難航することが予想される。
※どなたかご存知の方がいらっしゃればご教授いただけると幸いです。
いやぁ、チブル星人、実は手強いヤツだった。
参考文献:
[2] Wikipedia 「沖縄方言」
[4] goo辞書 「清ら」
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最近 Evanescence の Fallen というアルバムにハマっている。
私はもともとメタル系はあまり聞かないのだが、
女房がムチャクチャ好きなバンドだそうで、
隣で聞いてるうちに、私もハマった。
このアルバムの11曲目に Whisper という曲がある。
後半部分から重厚なコーラスがだんだん大きくなって、
最後にはこのコーラスだけになるのだが、
この言葉が、どうも呪文のようで、英語に聞こえない。
イタリア語やフランス語といった、他のヨーロッパの言葉のようでもない。
「もしかしてラテン語?」
と思い立ち、調べてみたら…やはりそうだった。
歌詞は以下のとおりだそうである。
Servatis a periculum
Servatis a maleficum これは、いくつかのサイト(例えばココ)によると、
Save us from danger
Save us from evil
我らを危険から救い給え
我らを邪悪から救い給え という意味になるらしい。
…。
…ん?ちょっと待て。
私はラテン語はよく知らないが、
"a" はまず間違いなく前置詞で(多分 from の意味なのだろう)、
-um で終わる名詞は多分主格のはずだ。
前置詞は言語や種類によっていろいろな格を取るが、
主格を取ることだけはないはず。
もしかして、文法間違ってんじゃね?
そんな気がしたので、さらに調べてみた。
結果はビンゴ。
「文法間違ってるよ」って解説したサイトが見つかった。
このサイトや他のラテン語のサイトを見て、
私なりに理解したのは、以下のとおり。
Servatis は servo (「護る」:「救う」よりもラテン語の意味としてはこちらの方が近いようだ)
の二人称複数現在形。
つまり、「あなた方は護る」という意味。
「護り給え」という意味にはならないし、「誰を」護るのかも示されていない。
もし、「save us」というなら、二人称単数命令形
(祈るのは西洋の神に対してだから、もちろん単数でしょう)の serva と
「我々を」(対格)を表す nos を使って、
Serva nos
になるべき。
ab (子音の前では a) は from の意味で、これは奪格を取る前置詞。
periculum は「危険は」という意味の主格(および「危険を」という意味の対格)なので、
a periculum
はNG。
奪格の periculo にして、
a periculo
にしないといけない。
同様に、maleficum についても、
a malefico
となるのが正しい。
したがって、「Save us from ...」の意味なら、
Serva nos a periculo
Serva nos a malefico 我らを危険から護り給え
我らを邪悪から護り給え となるのが正しいはずである。
(ちなみに譜割りは変わらないのでこれでも問題なく歌える。)
…う〜む、呪文を間違っちゃだめでしょう…^^;
※ちなみに、-um で終わる名詞は主格だけでなく、対格でもある。
ということは、私の推測は外れていたことになる…
まあ、歌詞が間違ってることは見つけられたわけだし、結果オーライとしよう^^;
でもこの間違え方、なんだか「ありがち」なものに思える。
「ラテン語辞書によると danger は periculum だから、これでよし」
と思って作った感じがするのだ。
これはラテン語に限らず、現代でもドイツ語やロシア語といった、
格変化を持つ外国語を訳す時に、初学者が犯しやすい間違いである。
(ドイツ語は名詞自体はあまり変化しないが、代わりに冠詞が激しく変化する。)
「辞書に載っている形をそのまま使うことができない」ことは、
辞書を使い始めた初学者が最初に注意されること。
基本的に辞書には主格しか載っていないから、格変化が必要な場所では
そのままの形で使ってはいけないのである。
(私もドイツ語を勉強しているので、何度も注意されたし、
常に気を付けていなければならない点でもある。)
特に、格変化がほとんど消滅してしまった英語の母語話者は、
辞書にこんな「罠」が隠されているなんてことは、考えもつかないかもしれない。
ちょっと残念な、でもなんだかちょっと微笑ましい気もする、
そんなラテン語歌詞である。
やたらツッコんでしまったが、音楽作品としてのこのアルバムは傑作だと思う。
通勤時のヘビーローテーションはもうしばらく続きそうである。
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