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●「教科書問題、歴史問題だけでなく、戦争勢力と平和勢力との問題」
韓国側からはチョン・デヨン「全国民衆連帯」政策委員長が、最近の朝鮮半島情勢
と韓国における民衆運動の対応について説明、ヤン・ミガン「アジアの平和と歴史教
育連帯」運営委員長が日本の歴史教科書歪曲問題と独島問題をテーマに、ソ・ウヨン
「過去清算汎国民委員会」事務局長が日帝残滓の精算について話した。
ヤン・ミガン運営委員長は、「2001年には歴史教科書中心の記述が重要だったが、
今年は公民教科書に拡大し、独島記述もあって、かなり様相が複雑化した」としなが
ら、「教科書問題と独島問題を分けることが難しくなった」と述べ、「教科書は歴史
認識問題で賛同している日本の市民社会と連帯しているので問題がそれほどないが、
独島問題は領有権問題で一歩も譲らない戦争状況のような困難さがある」と明かし
た。彼女は、「日本政府や右派勢力の対応もかなり巧妙に結びつきながら、根底には
市民勢力同士の分裂なども狙っているのではないかと思った」と加えた。
ヤン委員長は、「日本政府は、教科書は2001年の水準にしておいて、独島は一歩も
譲らない」として、「日本にとっては独島は右派が結集するのにいい素材」であり、
「独島問題を強化し、国家主義を強めることによって日本軍国主義を強化しようとし
ている」と判断した。
ヤン氏は、「以前は日本の右派運動も部分的であり、孤立した側面があったが、最
近では全国的なネットワークが行われており、この状況をどのように突破するかが重
要」として、「日韓は当然のこと、東アジアの市民勢力の連帯を通じて突破すべき」
だと述べた。
彼女は「教科書問題で今後残っているのは不採択運動だ」として、「昨年から日中
韓が連帯して活動しており、一緒に連帯しながら解決しようとしている」と述べ、
「韓国内のキャンペーンと日本国内のキャンペーンを同時に進める計画」だと述べ
た。
また、「教科書問題は国と国との問題ではなく、東アジアの平和勢力と戦争勢力と
の問題であると、はっきりさせる必要がある」としつつ、「これまで過去史問題を過
去清算に焦点化してきたが、これからは平和運動へと発展、成熟させるべき」だとの
立場を明らかにした。
ヤン委員長によると「アジアの平和と歴史連帯」はこの6月8日―10日に、日本と中
国の市民団体を招待し、教科書不採択運動に対する韓中日共同シンポジウムを行う予
定であり、6.10抗争記念日の10日にはハンギョレ新聞社と共同で「東北アジア平和記
念市民マラソン大会」を行う計画。特に国際シンポジウム翌日には、訪韓した日本代
表が地方自治体を訪問して、地域レベルでも韓日共同で教科書不採択運動の地域間交
流と連帯を進める方針だ。
日本側でも「朝鮮侵略100年、朝鮮解放・分断60周年、日韓条約40年を問う2005年
運動」という名称で、日韓民衆連帯全国ネットワークをはじめ、新しい反安保行動を
つくる実行委?、許すな!憲法改悪・市民連絡会、基地はいらない!女たちの全国
ネット、脱WTO草の根キャンペーン実行委、在日韓国民主統一連合はじめ諸団体が
連帯して、6月18日午後6時から豊島区民センターホールで「東北アジアの平和と歴史
認識を問う6.18集会」を開催し、デモ行進も行う予定。
イ・ヨンスン議員は挨拶で、「韓国の国会議員の中で歴史を正しく認識し、日本の
危険な動きを阻止しようと努力する議員は多い」としながら、「過去の歴史を反省し
ないまま、国連常任理事国入りをしようとするのは明らかに誤っていると世界に知ら
せる努力をしている」と述べ、「共同の認識を共有しながら、共に努力し、歴史の過
ちを繰り返さないようにしよう」と協力をよびかけた。
呉宗烈(オ・ジョンニョル)議長は3時間ほどの懇談会の最後に、「加害国の民衆
として皆さんのが立場的に大変困窮する場合があるだろう」としながら、「大変でも
私たちの連帯の範囲をさらに広げ、連帯を強めて、将来的には中国や北の同胞までも
連帯できることを望む」と激励、「アジアの平和のためには夢をもつことが大事」だ
として、「夢を成し遂げよう」と締めくくった。
この日の司会を行ったハン・チュンモク(「6.15南北共同宣言を実現するための統
一連帯」兼「全国連合」)執行委員長は、「在韓米軍、在日米軍を含む反米、新自由
主義反対、反戦平和のための韓日連帯が活性化することが必要」だとしつつ、「6月
末にはさらに総合的に100年を振り返り、未来を切り開くための総合的なシンポジウ
ムと9月8日在韓米軍駐留60年を迎え、反戦平和のための国際大会を開催する予定なの
で、(日本の団体も)一緒に意義あるものにしていきたい」と述べた。
また、11月の釜山APEC首脳会議にも国際力量を結集する問題も協力を要請し
た。
23日に訪韓した日本側は、25日午前帰国した。特に、渡辺共同代表は、四年前の全
国連合代議員大会での連帯アピールが問題とされ、これまで韓国への入国が禁止され
ていたが、今回の訪韓も駐日韓国大使館側との面談を経てビザを受けてようやく入国
できたという経緯も明らかになった。
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独島は韓国領、島根県の史料が証明している
日本人は独島問題をどのように見ているのだろうか。
日韓ネットの北川広和共同代表は、「独島問題で少し前にテレビでアンケート調査
をしたのだが、50人のうち2人だけが韓国領だと答えた。その2人も、なぜそう思うか
という質問に、あんなに韓国で騒いでいるのだから韓国領なのかもしれない、という
のだった」という話を紹介した。
渡辺健樹共同代表も「日本人は学校教育で近現代史をほとんど習わず、大学入試に
も出ないのでほとんどの日本人が知らない」と述べた。さらに「私たちのような(立
場の)人は、ごく少数派であり、良心的な人たちさえ「独島問題は分からない」「あ
えて問題としない」という立場だという。
しかし、彼らのように独島を明らかに韓国領だとする日本人もごく少数だが存在し
ている。問題は日本社会の雰囲気であり、下手をするとむしろ状況が悪くなることも
あるという。
したがって北川代表は「歴史認識を正すためには、証拠資料を示す必要がある」と
述べ、渡辺代表も「この問題は日本でも避けようとする傾向があるが、私たちは侵略
の事実として問題提起したい」と述べた。
彼らが「証拠資料」としたのは何なのだろうか。
それは日韓ネットが4月1日に発表した「「竹島(独島)」領有の侵略的歴史を直視
して、植民地支配の清算に踏み出せ!」というタイトルの声明によく表れている。
「島根県の告示は、同年1月28日の閣議決定に基づいている。その閣議決定で「竹
島」と初めて命名し、それまでは「リヤンコ島」などと称していた。また、告示は県
レベルにとどめ、これをただちに大韓帝国に通告せず、1906年4月になってわざわざ
通告している。その間の1905年11月には、乙巳保護条約を強要して、日本は韓国の外
交権を剥奪している。そのため、韓国は島根県告示の通告を受けても、何ら反論でき
なかった。こうした事実経過は、日本が「竹島」を日本領ではなく韓国領と認識して
いたことを示している。」
「閣議決定に至る経緯にも問題がある。1月の閣議決定は、前年の1904年9月に一事
業者が明治政府に提出した「リヤンコ島領土編入並びに貸下願」に基づいている。
『島根県誌』および『島根県竹島の新研究』(いずれも「竹島は日本領」と主張して
いる)によると、事業者は「竹島」は韓国領と認識していたとされ、独占的利用のた
め、農商務省に帰属を確認したが、農商務省では分からず、海軍省に問い合わせたと
ころ、水路部長が「帰属ははっきりしないが、日本の方が韓国より近いから、領土編
入してしかるべきだ。領土編入願いをいっしょに出せば独占的に貸し下げてやる」と
事業者を説得したとされている。海軍省の要請に従って、事業者が「願い」を出し、
即日政府がこれを受理している。海軍省=軍部が、一事業者を利用して、韓国領土と
みなしていた「竹島」の日本領有を確定してしまったことになる。」
「海軍省は1905年7月、「竹島」に望楼を建設している。折からの日露戦争の戦況
を有利に進めるためである。日露戦争は朝鮮半島の領有権をめぐる戦争である。日本
の「竹島」領有は、この事実からも朝鮮植民地支配に密接に関わっていることがうか
がえる。1905年の「竹島」領有を肯定することは、日本軍国主義による朝鮮植民地支
配を肯定するに等しい。
以上から、「竹島」=独島は植民地支配の過程で日本が韓国から奪ったことが明ら
かである。」
北川代表は、「私たちの主張は、歴史的事実から明らかなのは、日露戦争で朝鮮半
島を利用するために、日本の軍部が独島を領有しようとして問題が生じたのであり、
特に100年を記念して条例を作ろうとしたところから大きくなったが、問題はそこか
ら発生した」とし、「植民地侵略の問題としてとらえるべき」だと述べた。
呉議長は「日本の大東亜共栄圏の入り口となったのは独島侵略から始まり、これは
再版だ」としながら、「同時に、米国と新自由主義の潮流に乗って再び登場し、独島
問題が100年経って再現された」と警戒心を示した。
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*記事中、私の発言部分で明らかな事実誤認等の若干部分は手を入れさせていた
だきました
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もし、きちんとした証拠があるというのならば韓国は今すぐに竹島への侵略行為をやめて、平和的な解決手段として国際司法裁判所へ早く出廷し国際社会の一員としての義務を果たすべきですね。
2005/5/6(金) 午前 0:38 [ K&K ]
日本国民として留意しなければならないのは竹島が明治の御代に韓国侵略の一歩になったという歴史の押さえ込みと、ハーグでの韓国側の必死の直訴状にもかかわらず「国際法廷」は日本の韓国侵略を容認したということである。 キイポイント=ハーグ条約
2005/5/6(金) 午前 11:42 [ 花 ]
まず日本の一市民として覚えておかなければならないのは、日本が朝鮮半島を侵略したのではなく、合法的に併合したと言う事実。 竹島問題を論ずる場合のキーポイントは国際的な観点から見ても1952年の「サンフランシスコ条約」です。
2005/5/6(金) 午後 6:24 [ K&K ]
「大韓帝国に通告せず・・・」のくだりですが、国際法上では領土編入の宣言をおこなったことが実行支配の印と判断されるだけで、日本がそれを韓国に通知しなくても全く関係ありません。
2005/5/6(金) 午後 6:39 [ K&K ]
まず日本の一庶民として、当時の韓国がどうしても日本にお願いしないでは立ち行かないというようなものではなかったことは押さえていなければいけないことです。 ただ法律の文字を辿っていけば「合法的に併合」というのではとうてい韓国人の理解が得られないと思います。
2005/5/6(金) 午後 9:33 [ 花 ]
ヒント=併合直前の大韓帝国の国土の荒廃・慢性的な食糧不足・政治の状況は当時の資料を調べてみましょう。また、何の為に国際的なルールがあるのか、もう一度勉強なさる事をお勧めします・・・。
2005/5/8(日) 午後 6:04 [ K&K ]
K&Kさんのおっしゃるように歴史を辿ることは必要のように思います。 わたくしは中国に比べても日本庶民の韓国をみる眼が他国に従属している國であるかのように一段と低くとらえているのではないか、それが気掛かりなんです。 従来の列強型の国際支配の「法」のように大国の思惑に振り回されない「国際ルール」たれと願ってやみません。
2005/5/15(日) 午後 1:10 [ 花 ]
この記事へのトラックバック 1喝たぬき さんへ 毛沢東の記事、これは誰がみてもチャーチルが良く言ったウイットに飛んだジョークですよ。 毛沢東が陰謀論や結果論で世界をみていたわけではないのよ。
2005/5/21(土) 午後 1:41 [ 花 ]