にっこり高知

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在韓被爆2世 金享律さんのご逝去

> 皆様
>
> 去る5月29日
> 在韓被爆2世である金享律(キム・ヒョンユル)さんが急逝されました。
> 私がソウル近郊「ナヌムの家」を訪れていたときに、訃報が入りました。
> 急きょ、ご遺体の安置されている釜山大学病院に行き、
> そこで、ご遺族の方々と一夜を明かしました。
> 翌30日の入棺は、とても辛かったです。
> ご両親が号泣され…
> 金享律さんとの一年ぶりの再会が、あのようなかたちになるなんて…
> 金享律さんのご冥福を心からお祈りするとともに、
> ご遺志をどのように受け継いでいけばよいのか考えています…
>
> (ただし、原爆被害の問題は、非常にsensitiveな事柄を含みますので、
>  その点には十分配慮しなければならないと思います。)
>
> 金享律さんのことを心に刻んで頂けたら幸いです。
> 緒方貴穂<oga1@dream.ocn.ne.jp>
>
> 以下、新聞記事より(翻訳:福留)
> なお、文中で触れられている国家人権委員会による調査結果報告
> (2月14日発表・報道資料用)が必要な方は、上記アドレスにご連絡下さい。
> Word文書(4ページ)を添付してお送りします。
>
> ----- Original Message -----
> 30日付けのハンギョレ新聞は、1面をトップに多くの紙面を金享律氏の急逝に関する
> 記事に当てています。
> この中から、次の二つ記事を翻訳し、お届けします。
>
> 1) 〈 社説 〉 原爆被害者をいつまで放置するのか
> 2) 金享律 原爆2世患友会長 他界
>
> 1)
> [ハンギョレ 2005年 5月30日 23面]
>
> 〈 社説 〉 原爆被害者をいつまで放置するのか
>
> 原爆被害者2世の人権運動を主導してきた金享律氏が、35歳という若年で既に無く
> なった。2002年、最初に自分が原爆被害者2世であることを公開し、原爆被害者の子
> 女たちの問題を提起してきた彼の突然の死こそは、この地で呻吟している原爆被害者
> の子どもたちの現実を如実に示している。
>
> 日本に原子爆弾が落とされて60年が過ぎようとしているが、韓国の原爆被害者たちは
> 二つの国の政府から無視されてきた。しかも、彼らの内の相当数が、自分たちの「呪
> い」が子ともたちにまで受け継がれるというより困難な呪いに苦しまねばならなかっ
> た。彼らの苦痛に関心を傾ける人もいなかった。一部の被爆者が、直接日本の政府を
> 相手に法廷闘争を展開し、支援を得るようになったが、この過程で韓国政府の援助を
> 全く受けられなかったという。
>
> 2世たちの苦痛も、言葉で表わし難いものである。遺伝病と推定されるあらゆる疾病
> に苦しみながらも、社会的偏見が怖くて、被爆者の子どもだという事実を隠さなけれ
> ばならなかった。被爆が2世たちにどんな影響をもたらすかに対する研究・調査は乏
> しく、原爆2世たちがどんな苦痛を体験しているかすら把握されていない状態だ。
>
> 今年の2月、国家人権委員会が、原爆被害者だけでなく2世に対しても実態調査を行
> い、支援方案を準備せよと求めたが、主務部処[省庁]である保健福祉部は、いまだこ
> れといった動きを見せていない。待ちきれない被害者たちが、チョ・スンス民主労働
> 党議員と共に来月原爆被害者特別法案を発議しようとしている。
>
> 国を失うよりももっと大きい悲しみが、自分の国から無視されることだ。更に原爆被
> 害者とその子どもたちが、恨(ハン)を解くことができずに、息をひきとることがない
> よう、政府が率先しなければならない。これは、政府が当然なすべきことであり、死
> 亡者に贖罪する道でもある。
>
>
> 2)
> [ハンギョレ 2005年 5月30日 1面]
>
> 金享律 原爆2世患友会長 他界
>
>
> 原爆被害者2世の権益のための戦いの最前線に立ち、韓国と日本政府を相手に旺盛に
> 活動してきた韓国原爆2世患友会会長の金享律(35)氏が、29日午前9時5分釜山市東区
> 水晶洞の自宅で亡くなった。
>
> 金会長は20日から3日間、日本東京で開かれた日本の過去の清算を求める国際連帯協
> 議会のシンボジウム[等]に参加し帰国後、状態が悪くなった。家族は、彼がこの日朝
> 突然血を吐き倒れ、急いで病院へ運んだが息をひきとっていたと伝えた。
>
> 彼の短い人生は、名もしれない病魔と闘わなければならなかった前半期と、原爆2世
> たちが生ずる他なかった「歴史」を遅くれて知り、反核・人権・平和運動家として取
> り組んだ後半期に分かれる。後半生のはじまりは31歳の時の2001年だった。
>
> 彼は、中学校1学年の1983年、急性肺炎で病院の世話になることが始まった。以後、
> 原因のわからない病気で命の峠を何度も越えた。中学校卒業後、検定試験を経て釜山
> ドンウィ専門[短期]大学を卒業し、2回就職した。しかし、病気治療で、一回目は6カ
> 月で、二回目は1カ月で職場をやめなければならなかった。
>
> 彼は95年に、自分が「先天性免疫グロブリン欠乏症」であることを知った。そして、
> この病気が母親から遺伝した可能性が高いことも知った。彼の母は、45年日本の広島
> で原爆の放射能を浴びた後現在まで腫瘍や皮膚病などの原爆後遺症に苦しんでいる。
>
>
> 間・日政府を相手に生存権闘争 来月の特別法制定の種を蒔き....
>
> 彼の肺機能は、最近数年間30%程度しか残っていなかった。若干の冷風もまさに致命
> 的だった。夏でも厚い外套を脱ぐことができなかった。しかし、40Kgにもならないや
> せた体が、原爆2世たちの人間らしい生活を要求する時は、断固たる口調の闘士に変
> わった。彼は生前、〈ハンギョレ〉としたインタービューで、「私の問題は個人的問
> 題ではなく、社会の構成員全体が共有し、解決策を探さねばならない問題であること
> が分かった」と言った。
>
> 彼の努力は、2002年「原爆2世患友会」、翌年「原爆2世問題の解決のための共同対策
> 委員会」の結成に続き、昨年の国家人権委員会の原爆2世たちに対する実態調査と続
> いた。かれが強く要求していた「原子爆弾被害者真相究明および支援等のための特別
> 法案」(仮称)は、来月の臨時国会で発議される予定だ。
>
> 彼が亡くなる二日前に送った特別法制定を求めるメールの終わりには、普段彼が好ん
> で使っていた文句が書かれていた。「生は続かなければならない!」
>
> 金氏の死体が安置された釜山大学病院の霊安室には、この日の夜遅くまで日帝強占下
> 強制動員被害真相究明委員会の崔鳳泰事務局長や原爆被害者協会の関係者、挺身隊
> [軍隊慰安婦]ハルモニのための市民の会等の市民・社会団体関係者30名余りが訪れ、
> 彼の意味ある人生を讃えた。兄の金ジンゴン氏は「短い人生だったが、弟の死が無駄
> にならないよう、原爆2世に対する対策が立てられることを願っている」と言った。
>
> 葬礼式は、31日朝8時30分、釜山大病院霊安室。
>
> 朴ヨンユル、金ナミル記者
>

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