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1月3日7時1分配信 スポーツニッポン
新たな山の神が降臨した。第85回東京箱根間往復大学駅伝競走は2日、東京・大手町―箱根・芦ノ湖、往路5区間108キロで行われ、東洋大のスーパールーキー柏原竜二(1年)が、山上りの5区で4分58秒差の9位から8人抜きで逆転し、チームを初の往路優勝に導いた。1時間17分18秒は「山の神」と呼ばれた順大・今井正人(24=トヨタ自動車九州)が07年にマークした区間最高記録を47秒も更新。昨年12月に元部員が強制わいせつの現行犯で逮捕され、部長、監督が辞任するショッキングな事件を乗り越え、箱根に新たなヒーローが誕生した。
興奮で目は真っ赤だった。柏原は誇らしげに両手の人さし指を突き出し、雄叫びを上げながらゴールに駆け込んだ。不滅とも言われた“山の神”今井の区間記録を47秒も更新し、4分58秒差をひっくり返す大逆転。東洋大に史上初の往路優勝をもたらしたスーパールーキーが、衝撃の箱根デビューを果たした。
「トップと約5分差あったんで、行くしかないと思った。奇跡を起こせてよかった」
小田原中継所でたすきを受け取った時は9位だった。佐藤尚監督代行が設定した最初の5キロのタイムは15分20秒。だが「命令を無視してしまった。最初からオーバーペースだった」と約30秒早い14分台で突っ込んだ。この時点で2人を抜いた。
口を半開きにし、みけんにしわを寄せ、表情は苦しそうにゆがむ。だが、対照的に快調なピッチを刻んだ。6・1キロで帝京大、7・2キロで明大を抜き、12・8キロで日体大をかわして3位。残り7キロで山梨学院大・高瀬を抜いて2位に浮上した。
首位を走っていた早大・三輪との争いはし烈だった。残り4キロで一度はとらえて突き放しかけたが、「苦手」と話す下りで並ばれた。猛烈に追い上げた分、不利と思われた最後の3キロ。しかし、柏原の脚は生きていた。上りで再び追いつくと、平地になった残り2キロで再びスパートをかけ、一気に三輪を突き放してゴールを駆け抜けた。
福島・いわき総合高時代は、都道府県対抗駅伝の出場はあるものの、主要な全国大会の出場経験はなく、無名の存在だった。前半から果敢に飛ばしては失速した。6人きょうだいの五男。家計を考え、卒業後は就職する予定だった。転機は高3の7月。レース後に過呼吸で倒れた柏原を心配した佐藤修一監督に検査を促されて貧血が発覚した。薬と食生活の改善で飛躍的にタイムが向上。県総体で五千メートル2位となり、東洋大の目に留まった。
東洋大・佐藤監督代行には「3年までに強くなってくれればいい」と言われたが、入学後にさらに進化した。関東インカレ一万メートルで日本人トップの3位、出雲駅伝1区で区間2位。全日本大学駅伝2区で早大のエース竹沢を抑えて区間1位になると一気に注目された。スーパールーキーとして迎えた箱根は同じ福島出身で尊敬する今井に「やりがいのある区間」と言われ、自ら5区を志願。「今井さんの記録に少しでも追いつきたい」と話していたが、偉大な先輩を追い越してしまった。
12月1日に、2年生部員が強制わいせつの現行犯で逮捕され、チームには沈滞ムードが漂った。「自分が頑張れば盛り上がる」。貧血が分からなければ走るはずのなかった箱根。不祥事で一時は覚悟した出場辞退。2つの苦難の先に、柏原の伝説の第一章が刻まれた。
▼柏原 竜二(かしわばら・りゅうじ)
☆生まれ、サイズ 1989年(平元)7月13日、福島県生まれ。1メートル73、54キロ。
☆6人きょうだい 双子の兄を含む兄4人と妹1人の五男。兄は野球経験者が多く、家族で陸上をしているのは1人。
☆きっかけ 小学校までソフトボールをやっていたため「中学でどうせ野球部に入るんだろうと思われるのが嫌」で陸上に転向。小学校の持久走大会では負けなしだった。
☆全国大会 中3時に全中の三千メートルで予選落ち。いわき総合高ではインターハイ、国体、全国高校駅伝の出場なし。
☆正夢 平塚市内のホテルで当日を迎えた。「なぜか78分台で山を上って往路優勝している、変に現実的な初夢を見ました」
☆山合宿 過去2年、5、6区で苦戦している東洋大は今季から夏場に山上り、下り要員だけで合宿を敢行。長野・黒姫高原、新潟・長岡市山古志村などでの5回の合宿で1日40〜50キロ走り込んだ。
☆好き嫌い ひかりものの魚が苦手。「こいつには負けない」と言い聞かせて口にする。
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ありがとうございます。
山の合宿40〜50kmってすごいですね。
2009/1/3(土) 午後 10:37
正夢ってすごいですねwww
貧血だっていうのは知ってたけど
倒れたっていうのははじめて見ましたッ!!
2010/5/8(土) 午後 11:01 [ みー(*´∀`)ノ ]