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ここで久々に個人的な文章を書き留めておこうと思う。マイケルジャンソンの死は、あまりにもショッキングすぎて、いまだに信じられないし、少なからず私にとっては現実ではない。ともあれ、毎日流れるマイケル関連のニュースなどを見ると、実際に死んだことは確からしいので、彼に対する思いを整理しておきたいと思う。
彼との出会いは幼少の頃。まだ若くして亡くなった叔父が、まだ生きていた頃のこと。彼の車(たしか2シーターのスカイラインだった)のカセットデッキから「スリラー」が流れてきた。一度聞いただけで、その曲の虜になったのだと思う。その車に乗るたびに、「あれ、かけて」と何度も叔父にせがんでいた様に記憶している。
そして、その頃、毎週金曜日の夕方に洋楽番組が放送されていた。今では評論家としてテレビに出てくることがある日系(?)アメリカ人と日本人女性がパーソナリティだった。たまたま「スリラー」のビデオクリップが流れた。それからというもの、「スリラー」のビデオクリップ見たさに、毎週その番組をチェックしていた。しかしながら、その番組では2度と見れなかったような気がする。「流せよ・・・」と毒づきながら、番組が終わる度にがっかりしていた。
次にマイケルジャクソンと出会うのは中学生の時。兄が持っていたアルバム「デンジャラス」を聴いて、再びマイケルに熱を上げだした。少ない小遣いをはたいて、彼のビデオやCDを買っていた。程なくして、「ジャクソン5」の存在を知り、幼少期のマイケルの声に酔いしれていた。
その後、様々な洋楽を聴くことになるが、マイケルジャクソンの音楽は私の一つの基準だった。今でも動画サイトで彼のビデオクリップをよく見る。最近見るのは、彼のビジネスキャリアとしては落ちぶれていた「ジャクソンズ」のビデオ。声変わりの時期はグループとして低迷していた時期ではあるが、あの大人ではないが子供でもない中途半端な声が、妙に心に響く。
黒人音楽の2大スターは、スティービーワンダーとマイケルジャクソンだと思う。彼らが黒人音楽を作ってきた。黒人音楽独特のこぶし回しはスティービーのまねだし、若いアーティストが今でもまねしてるのがマイケルのダンスだ。アッシャーやニーヨなどは完全にマイケルのコピー。日本でも田原俊彦なんかはマイケルのまねをよくしてた。
マイケルを失った損失というのは言葉では言い表せない。自分にとってマイケルジャクソンとは尺度であった。何を聴こうが、根底では彼の音楽を基準としていた。彼を失うということは、自分の中での音楽に対する尺度を失うことと同じことだ。彼が死んだら、一体何を聴けばいいんだろう。非常に困る。
こんな駄文をつらつら書き綴ってきたけれど(目の前にある事務作業を放置してまで・・・)、そして最後には何を書きたかったのかも忘れてしまったけれども、要するに非常に残念だということを言いたい。有名人の死は、ある意味で実生活とは無縁のものだけれども、マイケルジャクソンは私の音楽人生(大げさだけれど)と常に共にあった。それだけ彼の存在は自分にとって密接なものだったんだ。
死因がどうあれ、彼のご冥福を心からお祈り申し上げたい。ピース。
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始めまして!
マイケルのことだから自分のコピーを作っているような気がします。
2009/7/1(水) 午前 5:33