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10月4日16時30分配信 産経新聞
中川昭一元財務相は、昭和28年7月19日、東京都生まれ。53年、東大法学部卒業後、日本興業銀行に入行。58年12月、急死した父・中川一郎元農水相の遺志を継ぎ、30歳で衆院議員に初当選。農林水産政務次官などを経て、平成10年に小渕恵三内閣の農水相で初入閣。その後、経済産業相、自民党政調会長を務めた。
自民党内では、亀井静香郵政改革・金融担当相や平沼赳夫元経済産業相らと行動を共にしてきたが、17年の郵政民営化法案に亀井、平沼両氏が反対票を投じ、自民党を去る中、賛成に投票。党にとどまり、その後、伊吹派会長代行に就き、総裁をねらう立場にいた。
政策面では、農政通で知られていたほか、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」や、安倍晋三元首相が掲げた戦後レジーム(体制)からの脱却路線の継承をうたう「真・保守政策研究会」などの会長を歴任するなど、保守的な政治家として存在感を出していた。
平成14年9月に小泉純一郎首相(当時)が初訪朝したときには超党派の「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟」(拉致議連)会長として拉致被害者の救出活動に尽力、知名度をさらに高めた。
昨年の自民党総裁選では麻生太郎首相(当時)の誕生に中心的役割を果たし、麻生内閣で財務・金融担当相の重職に就いた。
一方で、酒をめぐるトラブルも少なくなかった。趣味のテニスをしすぎたことによる腰痛と鎮痛薬服用による副作用にも苦しめられた。今年2月には、先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)閉幕後の記者会見にもうろうとした状態で臨んだことが問題になり、辞任に追い込まれた。
9選を目指した8月の衆院選では比例代表の復活当選も果たせず、初の落選を経験。最近は、首相官邸近くの個人事務所の閉鎖と秘書の整理を決めたばかりだった。
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ご冥福をお祈りします。
「中川氏の活動に厚い信頼を寄せていた拉致被害者家族らにも動揺が走った。」(産経新聞)
北朝鮮は喜んでいるかも知れない。
日本では、小沢一郎、福島瑞穂及び千葉景子などが、内心では喜んでいるかも知れない。
2009/10/5(月) 午後 0:03 [ 在日民主党 ]