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毎日新聞 4月7日(木)10時38分配信
東日本大震災は津波によって東北・北関東の太平洋沿岸部に甚大な被害を与えたが、内陸部にも深い爪痕を残した。強い揺れは斜面の崩落や地滑りを引き起こし、多くの住宅をのみ込んだ。少子高齢化が進む地区では、震災が住民の減少に拍車をかけるのではという危機感も募る。「行政からも世間からも忘れられているのではないか」。そんな不安が漂う、山あいの被災地を歩いた。【茶谷亮】
仙台市街地を望む高台にある折立地区(同市青葉区)。緑豊かで閑静な住宅街だが、アスファルトの路面に走る何本もの深い亀裂が、地震の激しさを物語っている。あちこちでブロック塀が倒れ、屋根や外壁が崩れた家屋も多い。傾斜地に造成された一戸建ての住宅団地のため、広範囲で地滑りが起き、多くの建物が巻き込まれたとみられる。
「自分の目が信じられず、ただ揺れに身を任せるしかなかった」。地区の民生委員を務める村田宮子さん(68)は震災当日、自宅1階にいた。激しい揺れを感じ、庭に通じる引き戸を両手で支えていると突然、庭の地面が膨らみ始めた。瞬く間に土が1メートルほど盛り上がり、止めていた乗用車がおもちゃのように持ち上がるのをぼうぜんと眺めていた。
揺れが収まった後、誰かの「そこから逃げて!」という声で我に返った。庭に出て自宅を見ると、片側の地面が隆起して、2階建て住宅が分断され、片方がずり上がり、外壁も大きく裂けていた。
看板店を営む夫と40年以上、この土地で暮らしてきた。「ついの住み家に」と15年前に建て替え、まだ13年分のローンが残る。震災後は次男の家に身を寄せているが、住み慣れた自宅に戻りたいという気持ちは強い。
「ここを離れたくないが、また一から建て替えないと住めない。この年でローンは組み直せないし、どうすればいいのか」。不安は募る一方だ。
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市が地震後に調査した地区の456戸のうち、崩壊の可能性がある「危険」と判定されたのは69戸。「要注意」は115戸に上る。市は震災後、約40戸を災害対策基本法に基づいて立ち入りを制限する「警戒区域」に指定したが、退去していない住民は多い。
ある70代の女性は、「危険」と書かれた赤い紙が張られた自宅に1人で住み続けている。柱は傾き、余震の度に家全体がギシギシと悲鳴を上げるが、引っ越すつもりはないという。「子供もいないし、行く場所なんてない。どうせ死ぬなら、ここで死にたい」
住民らは「大規模に崩落した土地は行政が復旧させるべきだ」と訴えるが、市は「道路は補修するが、私有地の復旧については原則として所有者に負担してもらう」というスタンスを崩さない。
ライフラインの復旧が遅れていることにも、住民の不満はくすぶる。水道は市内のほぼ全域が3月末までに復旧したが、地区内には不通の部分が残る。小さなペットボトルを手に、近所の給水栓まで何度も往復するお年寄りもいる。
1人暮らしの女性は訴えた。「ニュースを見ても、話題は津波のことばかり。行政も我々の声は聞いてくれない。ここは、被災地じゃないんですか」
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県住宅供給公社が折立地区の造成を終えたのは72年。当時、購入した世代は大半が現在70、80代だ。坂道は急で、買い物に行くことすら困難という住民も少なくない。その子供の世代は大半が地区を離れた。にぎやかな歓声が響いた公園にも、今は人影がない。
「くしの歯が欠けるように、ここを去る人が増えた」。町内会長の吉川貴さん(70)は寂しそうに話す。10年ほど前から、親類の家や市街地のアパートに引っ越す住民が増え、空き家が目に付くようになったという。震災の影響でさらに住民が離れ、少子高齢化に拍車がかかることを恐れている。震災後は、空き巣狙いとみられる不審者が増えたといい、住民らが交代で夜間パトロールをしている。
吉川さんは訴える。「津波の被害の大きさは分かるが、行政はもっと内陸部にも目を向けてほしい。このままでは『限界集落』になってしまう」
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いつになったら収束するのでしょうか?
福島原発も、東電が情報をひた隠しにしている限り、問題解決には居たらず、やることなすこと全てが後手になっているように思えます。
2011/4/8(金) 午前 10:48 [ 疎開者 ]