災害

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河北新報 4月15日(金)14時27分配信
 東日本大震災後に巨大津波が押し寄せた仙台市の海岸公園で、園内の小高い丘に駆け上がり、近くの住民とともに難を逃れたスタッフがいた。丘は瞬く間に孤島に変わり果て、美しい田園風景は濁流に沈んだ。「この体験をしっかり受け止め、子どもたちに伝える場にしたい」。公園の関係者は再建を誓っている。

 若林区井土にある公設民営の「海岸公園冒険広場」。子どもたちの遊びを見守るプレーリーダーの根本暁生さん(38)=若林区=はあの日、管理棟にいた。
 3月11日午後2時46分。立っていられないほどの揺れに「(宮城県沖地震が)ついに来た」と直感した。
 やがて大津波警報を知らせるサイレンが鳴り響いた。太平洋までの距離は約500メートル。根本さんはすぐに同僚と来園者約20人の無事を確認し、海岸から遠ざかるルートで逃げるよう呼び掛けた。
 全員を送り出した後の午後3時15分ごろ。井土地区の住民3人が相次いで駆け込んできた。
 冒険広場はそもそも湿地帯に造成されており、避難場所ではない。マニュアルでも全員避難する決まりになっていたが、住民は「地元で一番高い場所はここだ」と言って譲らなかった。
 根本さんは「自分だけ逃げるわけにもいかず、もはや津波がいつ来るか分からない」と判断し、とどまる腹を決めた。管理棟から防寒着や食料、ラジオなど当座をしのぐ物資を、展望台がある海抜15メートルの高台に運び出した。
 午後3時50分ごろ。津波は砂浜と貞山堀をやすやすと越えて襲いかかった。感覚で高さ7〜8メートル。根本さんは「聞こえるのは松林がバキバキとなぎ倒される音だけ。恐怖を感じる暇もなかった」と振り返る。
 津波は一瞬のうちに高台を孤立に陥れ、平野に広がっていった。
 「深沼は全滅だ」と住民の一人がうめいた。「集落が津波にのみこまれるなんて。知り合いのみんなは…」。根本さんは眼前の光景がとても現実とは思えなかった。
 「5人 ヒナン ブジ」。大きな字を地面に石で刻み、助けを待った。雪が舞い、寒さが増してきた午後5時すぎ、運よく自衛隊のヘリコプターに助け出された。
 冒険広場は管理棟やデイキャンプ場が大破し、再開のめどは立たない。それでも根本さんは、遊びを通して生きる力を養う公園の存在意義を信じている。
 「地元の子どもたちの思い出が残る、唯一の場所だから」(瀬川元章)


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