|
産経新聞 5月28日(土)7時55分配信
70日以上、缶詰中心の食生活が続いている。津波でアパート2階の自宅が流された宮城県石巻市の雁部富士子さん(56)一家は貯金が尽きた。市役所から罹災証明書は交付されたが、義援金の給付は「7月以降になる」と担当者に言われた。「もう食べていけない。死ねと言っているのと同じ」。唇をかみしめた。
「サバ、サンマ。もう見たくもない」。高血圧に悩む雁部さんだが、おかずは缶詰だけの偏った食生活が続く。一家は、以前に自衛隊から支給された缶詰で食いつないでいる。
住まいは仙台市に避難した知人が借りていたアパート。運送業を営んでいた夫の勝博さん(61)、長女の理紗さん(24)、次女の由紀さん(18)の4人で暮らす。
アパートには毎日、避難所から弁当が支給されるが、雁部さんは町内会が違うので支給されない。
勝博さんは震災前の2月末、840万円の13トントラックを買い替えたばかり。2月の売上金250万円を積んだまま津波に流された。雁部さんが働いていた水産加工会社ももうない。運転手の仕事を探す勝博さんだが、ハローワークで年齢を告げると「60歳まで」と断られる。理紗さんも、高校を卒業して魚市場の事務職に内定していた由紀さんも仕事を失った。
6月からは県の民間賃貸住宅借り上げ制度を利用して市内のアパートに一家で引っ越す予定だ。敷金や礼金などの初期費用計24万円は県が支給してくれるはずだったが、「いつ県が入れてくれるか分からない。すぐ入金しなければ契約しない」と言われ、知人から借金してかき集めた。
3月末に市から借りた10万円の無利子融資はアパートの修理代や生活費に消えた。海水に漬かった畳を剥がし、漏電を防ぐためコンセントの差し込み口を交換しただけで1万8千円。震災で無料だった医療費も6月からは有料になる。高血圧の治療費、月約6千円が重くのしかかる。
雁部さんは「仕事も金もなくては生きていけない。一刻も早く義援金を支給してほしい」と話す。
|