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毎日新聞 8月1日(月)10時42分配信
東日本大震災で280カ所以上の避難所が設けられ最大10万人以上が避難した仙台市で、唯一残った避難所の宮城野体育館(同市宮城野区)が31日閉鎖され、震災から5カ月を前に市内の避難所はゼロとなった。
同体育館で避難生活を送ってきた7世帯14人は同日、朝から体育館の床を丁寧に掃除し、ボランティアの助けを得て布団や衣類などを搬出。仮設住宅などへ引っ越した。
娘(5)と2人で避難生活を送り、ここが三つめの避難所という同区内の男性会社員(36)は県が借り上げた市内の民間マンションに転居する。食品関連会社に勤務するこの男性は放射性物質に汚染された食肉問題が経営を直撃しているとして、「経済的に自立していけるのか、まだ先が読めない」と不安げな表情で避難所を後にした。
同区内の実家が全壊し、体育館で約3カ月間避難生活を送った会社員、加藤孝之さん(26)は、避難所から出勤してきた。この日、若林区の仮設住宅に引っ越し、「いろいろな方の支えもあって新しい一歩が踏み出せる」と笑顔を浮かべた。その上で「仙台は被災地の中で一番、物も人も集まっていて、復旧も早いはず。ほかの被災地はこうはいかないでしょうね」と避難所暮らしを続ける他市町の被災者を思いやった。【岸達也】
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