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毎日新聞 9月8日(木)11時51分配信
◇仙台市博物館の佐藤元館長、市教委の見解紹介−−先月、吉野作造記念館で講演
大崎市岩出山の国史跡「旧有備館」の形容表現「現存する日本最古の学問所」は事実とは言えないとする講演が8月下旬、同市古川の吉野作造記念館であった。関係史料の解読が「日本最古」という伝承を覆したという。
講演は佐藤憲一元仙台市博物館長が、同記念館などが開いたシンポジウムで行った。演題は「有備館の歴史と変遷」。岩出山町史編さん事業などで大崎市教育委員会が史料を整理して得た新たな見解を紹介した。
旧来説の代表格は「元禄4(1691)年、岩出山伊達家の3代目、敏親が先代の造営した仮居館を現在地に移し学問所とし有備館と名づけた。藩校の遺構としては全国最古のもの(後略)」との内容。1970年刊の旧「岩出山町史」などに収載され宣伝されてきた。
一方、講演では「10代目の邦直当時の嘉永3(1850)年〜同5年、家臣子弟の教育所として学問所有備館の体制が整えられ開始されたと(市教委は)判断した」と説明。元禄期にさかのぼる開設を示す史料は見つかっていないという。
岡山県の郷学所「閑谷(しずたに)学校」は1670年代に開設され、日本最古の庶民の教育機関とされる。それに対し旧有備館は家臣教育の場として「現存最古」の意味合いだったが、それも覆る可能性が強いと判断され「最古」という表現からの決別を迫られている。近年刊行の新「岩出山町史」は新見解を載せている。
同記念館の大川真事務長によると、東日本大震災で旧有備館はじめ国内で5000以上の文化財建物などが損壊。旧有備館の再建方針を核として文化財の復元を考えようと、関係団体と連携しシンポを開いた。大川さんは「旧有備館の主屋が300年の歴史を持ち、幕末に人材を出したことも確か。『最古』が取れても誇れる文化財なのは間違いない」と話す。【小原博人】
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