|
時事通信 11月12日(土)20時8分配信
東京電力福島第1原発の吉田昌郎所長(56)は12日、同原発内で事故後初めて報道各社の取材に応じた。吉田所長は国内外からの支援や激励に感謝した上で、当初の危機的状況について「極端に言うと、死ぬだろうと思ったことが数度あった」と語った。
3月12日に1号機原子炉建屋が爆発した時、吉田所長は免震重要棟の対策本部にいたという。「ボンという音を聞いた。状況が分からず、格納容器が爆発していれば大量の放射能が出ると思った」と振り返る。
その後3、4号機も爆発。2号機は原子炉冷却のための注水が当初うまくいかず、「一寸先が見えない。最悪メルトダウンが進んでコントロール不能になると感じた。これで終わりかなと思った」と述べた。
高濃度汚染水の海への流出、増え続ける汚染水の処理など難題が続き、「6月いっぱいくらいまでは大変な思いをした。本当に安定してきたのは7、8月」と話す。
現在の状況について、「原子炉全体は冷却されており、安定していると判断している」と説明。事故の長期化で作業員の被ばく量が増え、人員確保が難しくなってくることを課題に挙げた。
第1原発のある浜通り地方に通算14年住んでいるという吉田所長は、「ここで働いているのは、ほとんどが浜通りの人間。みんな家族が避難している中で作業している。浜通りを何とかしたい気持ちを全員が持っている」と力を込めた。
|