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河北新報 1月28日(土)6時10分配信
今春の選抜高校野球大会に、石巻工(宮城)が21世紀枠で初出場することが27日、決まった。東日本大震災で多くの部員とその家族が被災し、練習施設も被害を受けるなどの苦難を克服して甲子園切符をつかんだ。ナインは「石巻を勇気づけるプレーをしたい」と心を躍らせている。
「甲子園へ本当に出られるとは思っていなかった」。出場決定の吉報を聞いた捕手の阿部翔人主将(2年)は顔をほころばせた。
部員全員が地元の石巻、東松島両市出身。阿部主将は高校進学の際、仙台市の私立強豪校に誘われたが、生まれ育った石巻市の県立校から甲子園を目指した。石巻中央シニアの仲間3人に声を掛け、4人で石巻工に入って夢を実現させた。
阿部主将は石巻市の自宅が津波で1階天井まで浸水し、両親と市内の借り上げアパートで暮らす。プレーの様子などを収録した大切なビデオテープもぬれて見られない。「思い出がなくなったようで悔しかったが、選抜大会出場が新しい思い出になる」と前を向く。
奥津庸介遊撃手(2年)は石巻市の祖母さとゑさん=当時(74)=を津波で亡くした。奥津選手から試合の結果を聞くのを楽しみにし、遠征前にはいつも餞別(せんべつ)をくれる優しい人だった。「生きていれば甲子園に必ず応援に来たはず。おばあちゃんに良いプレーを見せるつもりで頑張りたい」と誓う。
震災時、石巻工のグラウンドは津波で水深約1.5メートルになり、5日間も水が引かなかった。部員は他校の協力を得ながら、堆積した泥をスコップで1カ月かけて取り除き、がれきも片付けた。
練習の再開は授業と同じ4月22日。ライフラインが完全に復旧せず、多くの市民が避難所暮らしをする中、松本嘉次監督(44)はいつ再開するかを悩んだが、3年生部員の父親が後押ししてくれた。「家も仕事も失い、楽しみは息子が野球をする姿を見るだけ。早く始めてほしい」
秋季県大会の期間中だった9月には台風でグラウンドが水没し、ボールなどの用具が台無しに。それでも県大会で準優勝。東北大会にも出場し、甲子園出場につなげた。
松本監督は「頑張った姿勢が評価されてうれしい。全国からもらった支援のお礼を野球で示したい」と力を込めた。
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