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7月1日11時32分配信 時事通信

 児童買春や児童ポルノ、人身取引など子どもや女性が被害に遭う犯罪に関する情報を匿名で受け付け、解決に結び付いた場合に最高10万円の情報料を支払う「匿名通報ダイヤル」について、警察庁は1日、同日からインターネットでの受理も始めたと発表した。

 同ダイヤルは2007年10月から運用を開始。委託先の特定非営利活動(NPO)法人「日本ガーディアン・エンジェルス」が平日の午前9時半から午後6時15分までフリーダイヤルで受け付けている。

 今年5月末までに666件の通報を受理。このうち、児童に淫行(いんこう)させたなど11事件で30人が通報をもとに検挙された。

 情報料の支払い対象となったのは6件で、受領の申し出があって支払われたのは1件だった。 

ここで久々に個人的な文章を書き留めておこうと思う。マイケルジャンソンの死は、あまりにもショッキングすぎて、いまだに信じられないし、少なからず私にとっては現実ではない。ともあれ、毎日流れるマイケル関連のニュースなどを見ると、実際に死んだことは確からしいので、彼に対する思いを整理しておきたいと思う。

彼との出会いは幼少の頃。まだ若くして亡くなった叔父が、まだ生きていた頃のこと。彼の車(たしか2シーターのスカイラインだった)のカセットデッキから「スリラー」が流れてきた。一度聞いただけで、その曲の虜になったのだと思う。その車に乗るたびに、「あれ、かけて」と何度も叔父にせがんでいた様に記憶している。

そして、その頃、毎週金曜日の夕方に洋楽番組が放送されていた。今では評論家としてテレビに出てくることがある日系(?)アメリカ人と日本人女性がパーソナリティだった。たまたま「スリラー」のビデオクリップが流れた。それからというもの、「スリラー」のビデオクリップ見たさに、毎週その番組をチェックしていた。しかしながら、その番組では2度と見れなかったような気がする。「流せよ・・・」と毒づきながら、番組が終わる度にがっかりしていた。

次にマイケルジャクソンと出会うのは中学生の時。兄が持っていたアルバム「デンジャラス」を聴いて、再びマイケルに熱を上げだした。少ない小遣いをはたいて、彼のビデオやCDを買っていた。程なくして、「ジャクソン5」の存在を知り、幼少期のマイケルの声に酔いしれていた。

その後、様々な洋楽を聴くことになるが、マイケルジャクソンの音楽は私の一つの基準だった。今でも動画サイトで彼のビデオクリップをよく見る。最近見るのは、彼のビジネスキャリアとしては落ちぶれていた「ジャクソンズ」のビデオ。声変わりの時期はグループとして低迷していた時期ではあるが、あの大人ではないが子供でもない中途半端な声が、妙に心に響く。

黒人音楽の2大スターは、スティービーワンダーとマイケルジャクソンだと思う。彼らが黒人音楽を作ってきた。黒人音楽独特のこぶし回しはスティービーのまねだし、若いアーティストが今でもまねしてるのがマイケルのダンスだ。アッシャーやニーヨなどは完全にマイケルのコピー。日本でも田原俊彦なんかはマイケルのまねをよくしてた。

マイケルを失った損失というのは言葉では言い表せない。自分にとってマイケルジャクソンとは尺度であった。何を聴こうが、根底では彼の音楽を基準としていた。彼を失うということは、自分の中での音楽に対する尺度を失うことと同じことだ。彼が死んだら、一体何を聴けばいいんだろう。非常に困る。

こんな駄文をつらつら書き綴ってきたけれど(目の前にある事務作業を放置してまで・・・)、そして最後には何を書きたかったのかも忘れてしまったけれども、要するに非常に残念だということを言いたい。有名人の死は、ある意味で実生活とは無縁のものだけれども、マイケルジャクソンは私の音楽人生(大げさだけれど)と常に共にあった。それだけ彼の存在は自分にとって密接なものだったんだ。

死因がどうあれ、彼のご冥福を心からお祈り申し上げたい。ピース。

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