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12月2日23時47分配信 毎日新聞

2日に亡くなった日本画家の平山郁夫さんが、01年に中国・唐の僧、玄奘(げんじょう)の偉業をしのぶ壁画を奉納した奈良市の薬師寺では2日午後、壁画の前で冥福を祈る法要が営まれた。50年来の親交のあった山田法胤(ほういん)管主は「壁画が完成した時に『21世紀は戦争のない世紀になってほしい』と話しておられたことを思い出す。平和を願う一人の人間として、大切な人を失った」と肩を落とした。壁画の公開は通常、春と秋の年2回だが、来年は通年で公開する。

 平山さんは、高松塚古墳(奈良県明日香村)の発掘直後の壁画を模写している。元奈良文化財研究所職員で、発掘調査にかかわった猪熊兼勝・京都橘大名誉教授(考古学)は「『高松塚の壁画を模写したことが、文化財保存活動の原点になった』と言われていた」と話した。2年前に会った時、平山さんは「高松塚古墳の壁画はなぜ、ああなって(劣化して)しまったのか」と残念がっていたという。【花澤茂人、高島博之】

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11月11日7時1分配信 スポニチアネックス

日本を代表する俳優で大衆芸能の分野で初の文化勲章を受章した森繁久弥(もりしげ・ひさや)さんが10日午前8時16分、老衰のため東京都内の病院で死去した。96歳。大阪府出身。東宝映画「社長」「駅前」シリーズや舞台「屋根の上のヴァイオリン弾き」をはじめテレビやラジオ、さらには「知床旅情」などの歌を通して芸能界に大きな足跡を残し、多くの国民に愛された。11日、次男の建(たつる)氏(63)が都内で会見する。葬儀・告別式の日取りは未定。喪主は建氏。

 芸能界の巨星が堕(お)ちた。森繁さんは7月下旬に風邪をひき、発熱があったため検査も兼ねて入院。その後、平熱に戻ったが、たんが出るなどの症状が残ったため、そのまま病院で療養。落ち着いた日々を送ったが、この日朝、長女の昭子さん(69)や次男の建さん、孫、ひ孫たちにみとられて静かに息を引き取った。関係者によれば、テレビドラマの代表作「七人の孫」で演じた“おじいちゃん”をほうふつさせる穏やかな最期だったという。

 所属事務所の守田洋三代表は「あと3年で白寿なので、その(お祝いの)企画を進めていたのに…。ショックです」と東京・中央区にある事務所前で落胆した表情で語った。悲報に世田谷区船橋の自宅前には約70人の取材陣が駆けつけた。長年住んでいた一軒家を数年前にマンションに建て替え、3階で生活していた。マンション前の通りは「森繁通り」と呼ばれて、住民たちに親しまれていた。

 早大在学中から演劇活動を始め、39年にNHKにアナウンサーとして入局。旧満州(現中国東北部)の新京放送局に勤務した。戦後は映画界入りし、「夫婦善哉」や「社長」「駅前」シリーズなどで日本映画界の黄金期を支えた。舞台ではミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」を67年の日本初演から86年まで演じ、通算上演回数900回を記録。歌の世界でも活躍。自ら作詞・作曲した「知床旅情」は加藤登紀子(65)の歌でヒットし、自らも「森繁節」をたっぷりきかせた。

 80歳を超えても演技への情熱は衰えず、映画やドラマに出演。その間、勝新太郎さん、芦田伸介さん、三木のり平さんら、多くの後輩俳優たちに先立たれ、弔辞の中で、自らの長寿を嘆くこともあった。99年1月23日には長男の泉さんが肝臓がんのため58歳の若さで死去。葬儀では「泉よ、おまえは死んじゃ恥ずかしいんだ」とおえつし、親に先立った不孝をなじったこともあった。

 04年公開の映画「死に花」以後は表舞台に出ることは減ったが、07年に「森繁最後の作品」と銘打って一人芝居「霜夜狸」のDVDを発売。91年に録音された幻の作品を掘り起こしたものだが、発売に際して「今思うこと、それは死んだ倅(せがれ)のことなんです」と亡き長男にオマージュをささげた。03年から06年にかけては作家で演出家の久世光彦さんとの共著「大遺言書」シリーズを新潮社から出版。04年にこの功績で久世さんがスポニチ文化芸術大賞を受賞した際には会場の東京プリンスホテルに駆けつけ祝福。その久世さんも06年3月に死去。久世さんの通夜に参列したのが最後の公の姿だった。

 ◆森繁 久弥(もりしげ・ひさや)本名同じ。1913年(大2)5月4日、大阪府生まれ。名作「夫婦善哉」「社長シリーズ」など出演映画は約300本。ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」は上演900回、総観客動員165万人。故加藤道子さんと47年間コンビを組んだNHKラジオドラマ「日曜名作座」は通算2200回以上。91年には歌舞伎など古典演劇以外の俳優として初めて文化勲章を受章した。女性が大好きで、テレビ朝日「徹子の部屋」の第1回放送(76年2月)にゲスト出演した際に黒柳徹子の胸を触るなど“お色気ハプニング”も得意だった。

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10月30日15時4分配信 読売新聞

 日本テレビ系の演芸番組「笑点」の司会などで知られた落語家の三遊亭円楽(さんゆうてい・えんらく、本名・吉河寛海=よしかわ・ひろうみ)さんが、29日午前8時15分、肺がんで亡くなった。76歳だった。

 東京都台東区の寺に生まれ、1955年に六代目三遊亭円生に入門。全生を名乗り、58年に二つ目、62年の真打ち昇進と共に五代目三遊亭円楽を襲名した。

 端正な顔立ちと博識で人気を得て、60年代の演芸ブームでは立川談志、古今亭志ん朝、橘家円蔵と「寄席四天王」と呼ばれた。78年に円生とともに落語協会を脱退、翌年の円生の死後も一門を率い、円楽一門会の名で活動を続けた。

 また、テレビ番組に積極的に出演し、「笑点」は初回から参加。いったん落語に専念するが、82年に司会者となり、2006年5月に勇退するまで、老舗番組の看板として活躍した。

 晩年は、腎不全、脳こうそく、胃がんなどの病気と戦い、07年には落語家を引退。その後も一門会の座談に出演するなど、ときおり公の場に姿を見せていた。

10月4日16時30分配信 産経新聞

中川昭一元財務相は、昭和28年7月19日、東京都生まれ。53年、東大法学部卒業後、日本興業銀行に入行。58年12月、急死した父・中川一郎元農水相の遺志を継ぎ、30歳で衆院議員に初当選。農林水産政務次官などを経て、平成10年に小渕恵三内閣の農水相で初入閣。その後、経済産業相、自民党政調会長を務めた。

 自民党内では、亀井静香郵政改革・金融担当相や平沼赳夫元経済産業相らと行動を共にしてきたが、17年の郵政民営化法案に亀井、平沼両氏が反対票を投じ、自民党を去る中、賛成に投票。党にとどまり、その後、伊吹派会長代行に就き、総裁をねらう立場にいた。

 政策面では、農政通で知られていたほか、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」や、安倍晋三元首相が掲げた戦後レジーム(体制)からの脱却路線の継承をうたう「真・保守政策研究会」などの会長を歴任するなど、保守的な政治家として存在感を出していた。

 平成14年9月に小泉純一郎首相(当時)が初訪朝したときには超党派の「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟」(拉致議連)会長として拉致被害者の救出活動に尽力、知名度をさらに高めた。

 昨年の自民党総裁選では麻生太郎首相(当時)の誕生に中心的役割を果たし、麻生内閣で財務・金融担当相の重職に就いた。

 一方で、酒をめぐるトラブルも少なくなかった。趣味のテニスをしすぎたことによる腰痛と鎮痛薬服用による副作用にも苦しめられた。今年2月には、先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)閉幕後の記者会見にもうろうとした状態で臨んだことが問題になり、辞任に追い込まれた。

 9選を目指した8月の衆院選では比例代表の復活当選も果たせず、初の落選を経験。最近は、首相官邸近くの個人事務所の閉鎖と秘書の整理を決めたばかりだった。

10月4日20時46分配信 毎日新聞

4日午前8時20分ごろ、中川昭一(なかがわ・しょういち)元財務・金融担当相(56)が、東京都世田谷区下馬5の自宅で死亡しているのを妻郁子さん(50)が見つけ119番した。警視庁世田谷署によると、中川氏に目立った外傷はなく、遺体や室内の状況から事件や自殺の可能性は低いとみられる。行政解剖では死因を特定できなかったが、病死の可能性があり、都監察医務院が病理検査で詳しい死因を調べている。葬儀の日程は未定。

 世田谷署によると、中川氏は自宅2階の寝室のベッドでポロシャツと短パン姿でうつぶせに倒れ、ベッドに吐いた跡があった。寝室の机の上に睡眠薬とみられる錠剤があり、家族は「眠れないということで、都内の総合病院に通院し睡眠薬を処方してもらっていた」と話しているという。

 3日正午ごろに長女(25)がベッドで寝ている中川氏を見ていた。同午後9時ごろには、外出先から戻った郁子さんがベッドで横になっているのを確認したが異常はなかった。中川氏は普段1人で寝ており、朝になっても起きて来なかったため郁子さんが様子を見に行くと、既に体が冷たくなっていたという。死後約10時間経過していたことから、3日午後11時前後に死亡した可能性がある。

 中川氏は郁子さんと長男(17)と長女の4人暮らし。

 中川氏は東京都生まれ。衆院議員だった父一郎元農相の自殺後、日本興業銀行を退職し、83年の衆院選で父の地盤だった旧北海道5区から出馬し初当選。農相や経済産業相、自民党政調会長などを歴任。財務・金融担当相には08年9月に就任したが、今年2月、ローマで開かれた先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)後のろれつの回らない「もうろう会見」で批判を受け、辞任に追い込まれた。8月の衆院選で9選を目指し北海道11区から出馬したが落選し、比例でも復活当選できなかった。【古関俊樹、川崎桂吾】


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