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時事通信 7月1日(金)17時17分配信
 気象庁は1日、6月の天候まとめを発表した。同月下旬の平均気温は、太平洋高気圧の影響で、東日本と西日本では統計を開始した1961年以降の最高値を更新した。特に24日には、埼玉県熊谷市で最高気温が39.8度になり、国内観測史上初めて6月に39度台を記録した。
 同庁によると、東日本では平年差でプラス3.8度、西日本では同3.3度となり、それぞれ2005年に記録した同3.0度と同2.5度を大きく上回った。
 東日本の日本海側や西日本などでは梅雨前線の影響などで、雨が多かった。九州では中旬を中心に各地で記録的な大雨が相次ぎ、総雨量が1000ミリに達する地域も出た。 

読売新聞 6月30日(木)8時24分配信

 30日午前8時16分頃、長野県中部を震源とする地震があり、同県松本市で震度5強を観測した。

 気象庁によると、震源の深さはごく浅い。マグニチュードは5・5と推定される。

 この地震による津波の心配はないという。

 主な地域の震度は次の通り。

 ▽震度4 山形村

 さらに同21分頃、同県中部を震源とする地震があり、松本市と山形村で震度4を観測した。

J-CASTニュース 6月22日(水)19時43分配信

東日本大震災が起きた瞬間の成田空港で、大量のグランドスタッフ(航空会社の地上勤務従業員)が、客を避難誘導することなく、我先にロビーから逃げ去っていく――。そんな光景を撮影した動画が「ユーチューブ」にアップされ、ネットで騒動になっている。

 東京新宿の大手百貨店でも、男女2人の販売員がいちはやく手を繋いで逃げ出した映像が「ユーチューブ」にアップされ、物議をかもした。

■「客より先に逃げてどうするんだよ…」

 「ユーチューブ」にアップされた問題の映像は2011年3月11日に撮影されたもので、

  「地震発生時の成田空港第1ターミナル出発ロビーの様子です」

と説明している。出発ロビーの1つ上のフロアから撮影しているため、全体を見渡す形の映像になっている。

 地震が起こると、乗客と思われるカートを押している人や、キャリーバッグを持っている人が通路を走り出した。その直後、避難誘導する人はいない状況で、制服を着た大量の女性と男性があわてた様子で走り、通路を横切ってロビーの外へ避難していく。

 一時、制服を着た1人の女性が通路に出て誘導するようなアクションを見せたが、それも数秒で終わった。通路にはへたりこんでいる乗客もいる。

 従業員が逃げたためカウンターは無人状態。ガラガラになったロビーには、避難できていない乗客の姿もあった。

 この映像は27万回以上閲覧されていて、「ユーチューブ」のコメント欄には、

  「客より先に逃げてどうするんだよ…」
  「空港関係者は一体何を勉強してきたんだ」

などといった批判が多い。中には

  「自分だったら速攻逃げていたでしょうね、自分の命が一番大事でしょうよ」

といったものもある。

■仙台空港ではグランドスタッフが活躍した

 成田国際空港に話を聞いてみると、地震速報があると自動的に館内に警備放送が流れるシステムになっていて、この日も放送が行われた。空港としては、搭乗客はもちろん、従業員の生命を守るのは最優先であり、警備員が必死で安全な場所への避難誘導を行った、と説明する。ただし航空会社の従業員が、大地震などの際に会社からどのような対応を命じられているかはわからない、という。

 航空会社の関係者に話を聞いてみると、大地震の際にどのような行動を取るかについてマニュアルはないが、どんな時にもお客の安全が最優先であり、お客を放って逃げ出すことは信じられない、と打ち明ける。今回の大地震では、仙台空港や羽田空港では従業員がからだを張ってお客を守った、という。仙台空港では避難誘導のほか、津波の影響で空港が孤立し外に出ることができない状況の中、VIPルームの開放や、機内食の配給、毛布を配るなどお客を励まし続けた。成田とは大違いだ。

読売新聞(ヨミドクター) 6月22日(水)15時44分配信

「心のケアが避難所で拒否されている」。こんな話を被災地の医師から聞いた。

 5月半ば、突然の電話に、看護師の阿部幸子さん(53)は耳を疑った。岩手県赤十字こころのケアセンター統括として、避難所に「日赤こころのケアチーム」を派遣しているが、現場の保健師が、「避難所では『心のケア』と名乗らないで」と言ってきたのだ。

 「何かご迷惑でも……」。心配して尋ねると、保健師はこう説明してくれた。

 「心のケアと掲げる色々なチームが避難所を訪れ、被災者に質問するので、被災者が辟易(へきえき)して、他の避難所に移りたいと言うのです」

 確かに5月初めの週末、ある避難所では、精神科医、看護師、心理カウンセラーなど専門職のチーム、市民ボランティアなど、十数のチームが、心のケアと書かれた札や腕章をつけて被災者を訪れ、活動していた。

 4月に宮城県南三陸町の避難所で会った79歳の女性を思い出した。津波で娘を失ったつらさを私に、「誰でもいいから聞いて、という思いと、そっとしておいて、という気持ちが行き来するの」と訴えていたのだ。

 岩手県内の避難所を歩いた看護師出身の衆議院議員、山崎摩耶さん(64)は「心と言えば、精神科と思う人も多い。でも、何より気になるのは、心のケア『してあげる』というおごった姿勢。ケアは傍らに寄って行うものです」と指摘する。


 「心のケア」は、1995年の阪神大震災後、被災者の心理的支援の必要性を叫ぶ言葉として登場した。復興過程では心的外傷後ストレス障害(PTSD)専門施設、「兵庫県こころのケアセンター」ができた。初代所長の精神科医、中井久夫さんを神戸に訪ねた。

 避難所の話に中井さんは「心のケアは、そううたって何かするというものではない」という。

 「神戸では、被災者の心のケアを、一人にしない、体験を分かち合う、生活再建、の3段階で考えました。今回『寄り添う』という言葉を聞くが、その通りです。震災後、100日くらいで被災者の向き合う相手は自然から人間に移り、苦痛の質も変わってきます。まさに今からです」

 隣人として患者に接する医師など、寄り添う姿は今回の取材でも心に残る。被災者の怒りが人に向き始めてきたこともうなずける。

 心のケア――その意味は必ずしも明らかにはならなかったが、被災者の苦しみに思いを重ねることから始まるのだと思う。(編集委員 南 砂)

河北新報 6月19日(日)6時13分配信
 東日本大震災の津波で大きな被害を受けた宮城県南三陸町では、津波で生じた廃材などを野外焼却(野焼き)する住民が増えている。がれきの処理が進まず、しびれを切らしているためだ。日を追うごとに野焼きは大規模化しており、町は対応に苦慮している。
 18日午前、津波にのまれた同町志津川の漁港跡では、数カ所で煙と炎が上がっていた。すぐ脇を通る国道45号上にも煙が立ちこめ、時間の経過とともに一帯が霧に包まれたようになった。
 地域の仲間とともに廃材を燃やしていた女性(65)は「がれきをいつ、誰が片付けてくれるかも分からない。待っていても仕方がないので、自分たちで処理することにした。有害物質が出ないように気を付けてはいる」と話した。
 環境省によると、南三陸町のがれき処理の進行率は14日現在で29%。進んでいるとは言い難い処理状況が、生活再建を急ぐ住民らのいらだちを募らせている。
 野焼きは廃棄物処理法で禁じられているが、災害時の復旧作業などの場合は例外的に認められている。ただ、そうした場合も必要最小限の範囲にとどめるよう求められている。特に海水に漬かった木は塩分を抜き、高温で焼却しないと有害物質が発生する恐れもある。
 町環境対策課は「大規模な野焼きについては、やめるよう指導していきたい」と話している。

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