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河北新報 4月16日(土)14時10分配信
 仙台市ガス局の都市ガス復旧作業は16日、市東部沿岸地区など震災で甚大な被害を受けた地域を除き、完了する。3月23日から始まった開栓作業には、全国のガス事業者から最も多いときで約4000人の応援隊が駆け付けて協力。当初の見通しより早い3週間余りで供給再開にこぎ着けた。
 市ガス局によると、15日午後5時現在の復旧率は95.5%で、復旧対象残数は1万4001戸まで減少した。1日当たりの開栓数は2万戸前後で推移しており、16日の開栓作業でおおむね完了する見通しが立った。
 奥山恵美子市長は15日の災害対策本部会議で、全国の事業者の協力に「厳しい環境の中で長期間、作業に当たってもらった」と感謝した。
 市は17日、応援隊の労をねぎらうセレモニーを行い、隊を解散。東部沿岸地区など作業が困難な地域や、留守宅で開栓できなかった住宅は市ガス局職員が引き続き、修繕・開栓作業に当たる。

時事通信 4月15日(金)18時29分配信
 津波で壊滅的な被害を受け、全域が停電していた宮城県南三陸町の一部地域で15日午後、震災後初めて電気が復旧した。同町最大の避難所となっている志津川ベイサイドアリーナでは、電灯がつくと、多くの人がほっとした表情を見せた。小野寺つるえさん(63)は「やっぱりありがたい。新聞も読みやすくなる」と笑顔。斉藤四郎さん(74)も「これで気持ちも明るくなる」と話した。
 一方、救護室に詰める南部徳州会病院の金城泰幸医師(29)は「医療チームもしっかり診療できそうだ」とコメント。同町の災害対策本部によると、電気は徐々に復旧し、18日には約760世帯に達する見通し。残り約930世帯についてもできるだけ早期の復旧を目指し、東北電力が作業を進めている。 

毎日新聞 4月14日(木)10時36分配信
 ◇完全復旧あと2割
 東日本大震災で約31万戸への供給がストップした仙台市などに、北海道から九州まで27ガス事業者の応援3700人が駆け付けた。仙台市ガス局職員と力を合わせ総勢4200人の「オールジャパン態勢」で復旧作業に全力を挙げている。12日午後5時現在、管内の復旧率は78・6%。7日夜の強い余震で、一度復旧した地域で再び停止するという逆境にも、現場の作業員は「一日も早くガスを届けたい」という思いで連日作業にあたる。【鈴木一也】
 「気持ちを立て直すのが大変でした。別の作業が終わったばかりでしたから」。ガス管修繕隊第7小隊長の矢口岳彦さん(40)は10日、仙台市宮城野区鶴ケ谷でガス管の被害状況を調査しながら苦笑いする。
 順調に進んでいた復旧作業に水を差したのは7日夜の強い余震。一度は供給が再開された地域からガス漏れ通報が殺到。鶴ケ谷を含む5643戸が、再び供給停止となった。
 矢口さんは東京ガス社員。2日から始めた別の地域での作業を終え、帰京予定だった7日に余震があった。翌日から鶴ケ谷での作業を命じられ、通報があった地域を中心に点検を開始した。
 小隊は東京ガス社員11人と工事業者ら約200人で構成。ガス漏れ検知器の針をマンホールや歩道との境目、わずかな亀裂など道路の隅々にかざし、一日中かけて担当地区を歩く。何度も入念に繰り返す地道な作業だ。
 検知器が反応すると、土を掘り起こしてガス管の被害状況を調査。破損していれば新しいガス管と交換し、接合部がずれていれば再びつなぎ合わせる。鶴ケ谷では数カ所確認された。
 根気のいる作業を終えてようやく復旧させても、余震で台無しになる可能性がある。余震は今も続いている。気がめいる作業に思えるが、矢口さんは「とにかくガスを復旧させるのが私たちの仕事ですから」と話す。
    ■
 仙台市ガス局の管轄区域は、同市を含む3市3町1村。地震でガス管が破損したうえ、仙台港のLNG(液化天然ガス)製造工場が津波で壊滅し、地震発生直後からガス供給が全面ストップした。
 そこでガス局がとった手は、震災前から一部供給されていた新潟県の天然ガスに切り替える方法。新潟から仙台に続く地下パイプラインに損傷がなかったことが幸いした。
 復旧作業は、管轄区域を約2000〜3000戸単位で155ブロックに分け、日本ガス協会の指揮で事業者ごとに組んだチームが、ガス管修繕と開栓を分担する。約86万戸のガス供給が止まった阪神大震災では全面復旧に85日かかったが、今回は1カ月程度での完了を目指す。「阪神大震災でも全国から集まって協力したので連携は十分。精鋭ぞろいです」(同協会)
    ■
 東京ガスグループの福田裕三さん(24)は3日昼、利府町しらかし台の住宅を一軒一軒歩いて回り、ガスメーターの開栓作業を進めていた。
 「ごめんくださーい、ガスの開栓にうかがいました」
 「本当待ってたよ、ご苦労様」
 ドアを開けた人は誰もがうれしそうな顔を見せる。無職の伊藤功さん(70)は、地震発生前日の3月10日以来風呂に入っていない。「ガソリンがないから温泉にも行けない。困ったよ」
 開栓作業を終え、コンロのつまみをひねり火がつくと伊藤さんは思わず笑顔になった。蛇口からお湯が出ることも確認し、「これでやっと風呂に入れる。待ち望んでたよ。ありがとう」と福田さんに感謝の言葉をかけた。
 福田さんはバレーボールのFC東京の選手だ。大崎市出身で、東北高OBでもある。古里のために何かできることはないかと考え、今回の応援派遣に「行かせてください」と志願した。
 1日30〜40軒を何度も歩き回る作業にも、「大変だとは感じません。ガスが通った時に感謝されるのがうれしいですから」と充実感あふれる表情で笑う。9日間の派遣期間中、休みなしで開栓作業を続けた。
 応援を含めた努力が実り、4月中としていた全面復旧が10日程度早まる見通しとなった。残すは約6万6500戸。
 市民にガスを供給する使命を担い、今日も作業に汗を流す。

河北新報 4月14日(木)6時13分配信
 仙台空港が再開した13日、ターミナルビルは航空関係者や利用客の歓喜の声に包まれた。東日本大震災の津波でがれきと泥で埋め尽くされ、誰もが早期復旧を諦めていた。万感の思いを乗せた旅客機が1カ月ぶりに復興の大地に着陸した。
 1番機が到着する15分前、駐機場には「ご搭乗ありがとうございます」の横断幕を掲げる約40人の日本航空社員が並んだ。流れる涙をぬぐいながら着陸を待つ女性スタッフの姿もあった。
 苦しい1カ月間を振り返り、多くの社員がこみ上げる思いをこらえた。日航仙台空港所の柴原雄太所長は早朝、従業員にげきを飛ばした。「お客さまを安心させるためにも笑顔で出迎えよう。泣き笑いでもいいから、にこやかに」。
 日航1番機の尾翼に刻まれたのは赤い鶴の「鶴丸」。JAL再生の象徴に、被災地復興の願いを込めた。機長の大川博之さん(44)は「経営再建中のわれわれも頑張る。東北の皆さんも頑張って」とエールを送った。
 利用客も感無量の様子だった。「1カ月で運航にこぎ着けたことに驚いた。自然は恐ろしいが、人間の力はもっとすごい」と仙台市泉区の無職佐藤松雄さん(69)。中国・瀋陽で国際交流協会顧問を務める吉田登美子さん(64)は「空から地上を見て、言葉もなかった。中国の方からは『日本の復興を信じている』と激励の言葉を受けた」と涙ながらに語った。
 がれきの撤去に携わった在日米軍第35兵站(へいたん)任務部隊司令官のステーシー・タウンゼンド中佐(43)は「1番機の到着は素晴らしい。日米で一丸となって働いたチームワークの結果だ」と声を弾ませた。
(藤本貴裕、神田一道)

事通信 4月10日(日)20時31分配信
 東北電力は10日、最大震度6強を記録した7日深夜の東日本大震災の余震に伴う大規模停電が全て解消したと発表した。ただ、先月11日の震災による停電戸数は10日午後4時現在で約15万戸となっており、同社は復旧作業を進めている。


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