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河北新報 5月9日(月)6時13分配信
 東日本大震災の被災地で、寄せられた大量の物資の保管場所に困るケースが目立ってきた。余った衣類などを廃棄処分したり、受け入れを一時中止したりする自治体も出ている。寄せられた「善意」を有効活用しようと頒布会を実施するほか、企業と連携する試みも検討されている。

<7トン以上を廃棄>
 宮城県女川町は4月下旬、汚れや傷みの目立つ古着類の廃棄処分を決めた。7トン以上を廃棄するため、保管していた避難所の女川町総合体育館から運び出した。履き古しの靴下など使用に堪えない物も少なくなかったが、町は寄せられた救援物資の処分だけに「苦渋の決断」と強調する。
 搬出前、住民約800人が避難する同体育館の約4分の1は、衣類が山積みだった。町は避難所の集約も見据え、中核施設となる同体育館は「生活スペースを空ける必要がある」と判断した。
 ただ、一部で住民の不満も残った。3月は週1回、時間と数量限定で古着を受け取れたが、4月はその機会がなかったという。住民の男性(68)は「行政の手が回らないなら、衣類の管理を住民に任せる柔軟さが欲しい」と、物資が行き渡るよう注文を付けた。
 衣類を中心にニーズに合わなくなった支援物資があふれる状況は、ほかの自治体でも変わらない。
 石巻市は1日から5日昼ごろまで、物資の受け入れを停止した。毛布や冬物衣料、紙おむつなどで保管場所がいっぱいになったため、「5日午後からは下着や缶詰など要望の多い物に限って受け入れている」(市商工観光課)という。
 「冬用の寝具しかなく、寝汗で目が覚める」と市内の避難所で暮らす女性(29)が苦笑するように、ニーズと物資のミスマッチが生じている。市は集まった物資を有効活用してもらおうと、5、7の両日、市内の小中学校で頒布会を実施。量の多い衣類やタオル、生理用品などを計1200人以上に配った。今後も在宅被災者など支援物資が行き届きにくい人を中心に配布する考えだ。
 東松島市でも、物資を保管する市民体育館と巨大テント6棟が既に満杯に近い。ほかに預けている物もあり、9日からテント3棟を増やす。市福祉課は「使われていない毛布が2万枚ほどある。善意を無駄にしないよう、できるだけ市民に配布する機会を増やしていきたい」と腐心する。

<水や毛布は備蓄>
 一方、岩手県では余った古着を企業連携で有効活用する試みが検討されている。
 同県内では水、毛布、古着類が余剰気味になっている。水や毛布は内陸部の市町村の備蓄用として活用する方針。古着は、古着店を全国展開するドンドンアップ(盛岡市)と連携していく。
 同社は引き取った古着1キロ当たり5円を義援金として寄付する予定で、県は古着を引き取ってもらった上で、同社と共催で古着を無償提供するフリーマーケットを被災地で開催する考えだ。県対策本部は「極力、無駄をなくすよう工夫したい」と話している。

産経新聞 5月9日(月)7時56分配信
 ■南紀くろしお商工会OBらが「支援する会」

 那智勝浦、太地の両町の事業所でつくる「南紀くろしお商工会」の青年部OBらが3月下旬、「東日本大震災の復興を支援する会」を立ちあげた。4月には無洗米など支援物資を岩手県釜石市に届けたほか、10日には第2弾を同市に送る予定だ。

                   ◇

 同じ沿岸部の自治体が被災したことに心を痛めた事業所の経営者らが設立。11事業所の玄関やショーウインドーに「支援物資募集」を呼びかける紙を張り、無洗米やミネラルウオーターなどの提供を呼びかけている。

 すでに4月4日からの3日間で、釜石市に無洗米や水などとともに、ガソリン1千リットルやプロパンガスなどの燃料も運んだ。

 その後、現地で知り合った被災者とのメールでのやりとりで「梅干しやふりかけ、調味料のほか、風邪薬や鎮痛剤などの医薬品がほしい」という要望が届き、物資を集めた。多くのボランティアが被災地入りした大型連休は避けて、物資を届けることにした。

 発起人の1人、岡本英博さん(48)は「賛同事業所は増えており、支援の輪は広がっている。可能な限り、現地の要望に応えていきたい」と話している。

河北新報 5月7日(土)14時24分配信
 東京で数々のコンクールに入賞した実績のある美容師高橋寿さん(29)が、宮城県内の東日本大震災の被災地を回り、ヘアカットのボランティアをしている。

 仙台市宮城野区白鳥の出身。震災後すぐに帰省したが、記憶にある街の面影は全く無くなっていた。実家は浸水被害を受け、同級生も亡くした。
 家族の無事を確認して10日間ほどで東京へ戻ったが、もどかしさが募った。「離れていては何もできない。故郷に恩返しがしたい」。東京の美容室を辞め、地元に戻ることを決めた。
 避難所となっている宮城野区の岡田小では4日、中学生からお年寄りまで避難者15人の髪にはさみを入れた。同区岡田の平山ゆきのさん(85)は「被災して初めて髪を切ってもらって、すっきりした。みっともない格好をしているのではないかと気にしていたので、本当にありがたい」と笑顔を見せた。
 高橋さんは、津波に襲われた体験など、被災者一人一人の話に耳を傾けながら髪を切る。「話を聞くことで心のケアにもなると思う。髪を切った後に元気になってもらうことが一番大切」と言う。
 美容師の登竜門と言われるコンテスト「ジャパン ヘアドレッシング アワード」の受賞候補としてノミネートされるほどの実力の持ち主。海外で活躍するという夢があるが、当分はボランティアを続けるという。「自分の夢は、街が元気になる姿を見届けてから」と力強く語る。(佐藤夏樹)

河北新報 5月7日(土)14時24分配信
 宮城県多賀城市と近隣市町のスポーツクラブや飲食店などが、東日本大震災の津波で人工透析装置が使えなくなった多賀城市桜木の「多賀城腎・泌尿器クリニック」に、透析患者を仙台市の病院へ送迎するためのバスを無償で貸し出している。患者は頻繁に病院で透析を受けなければならないだけに、クリニックは厚意に深く感謝している。

 バスを貸しているのは、スポーツクラブ「アシスト多賀城」、飲食店「和食の小島」、サッカーのスポーツ少年団多賀城FC=いずれも多賀城市=と、宮城県七ケ浜町の飲食店「どうもん」、塩釜市の東日本自動車学校。
 クリニックは津波で1階が水没し、人工透析装置などの医療機器や送迎バス2台が破損した。透析患者を他の病院に送る必要に迫られたクリニックは震災直後、送迎用のバスを所有する業者に掛け合い、協力を得た。
 震災前にクリニックに通院していた透析患者は約200人。自力で他の病院に行ける患者らを除き、現在も約110人の患者が週3回、クリニックが借りたバスで仙台市の3カ所の病院に通う。
 塩釜市の女性患者(76)は「震災後は泉区の病院に通っている。おかげで体調もいい」と安心した表情で語る。
 クリニックの松下真史副院長(37)は「交通手段がなく、仙台の病院に行けない患者も多いだけに、バスを貸していただき本当に助かっている」と感謝する。
 バスを貸す業者の中には、クリニック同様、津波被害に遭ったところもある。
 クリニック向かいにあるアシスト多賀城は、屋内プールなどの施設が使えなくなった。送迎バスも4台のうち2台が津波被害を受け、残りの2台をクリニックに貸している。
 支配人の芳賀順一さん(33)は「うちも被害が大きかったが、透析治療が欠かせない多くの方を助けられて良かった」と話している。
 クリニックは今月中旬には透析治療を再開できる見込み。バスはそれまで借りる予定だという。(加藤伸一)

読売新聞 5月7日(土)14時33分配信
 東京大学生産技術研究所が、水中ロボットを使って東日本大震災の津波による行方不明者の捜索を進めている。岩手県大槌町の沖合で海を探索し、遺体2体を発見した。

 浦環(うらたまき)教授(海中ロボット学)らのチームは、4月29日から3日間、三井造船の協力を得て、同社の水中ロボット「RTV」2台を投入した。ロボットは長さ80センチ、幅55センチ。600メートルのケーブルで船上とつながり、遠隔操作でプロペラを動かして海中を約8キロ・メートル移動、カメラで海底を探った。

 その結果、大槌町の約500メートル沖合で水深23メートルの海底から、同約700メートル沖合で同21メートルの海底からそれぞれ遺体を発見。海上保安庁によって引き揚げられた。

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