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以前にも書いた気がするのだが、政治というものを「勝ち馬に乗ること」と考えている人が多すぎないかと思う。確かに、政治は学問とは異なり、信条よりも結果責任の方が問われるのであり、実践しなければ意味がないということは正しい。とりわけ政治家に関してはそうであろう。しかし、日本の現状では政権への対抗馬が不在のまま、従来の自民党政治の検証がきちんと行われないまま、「ほかの政党はダメだ。今の政権でうまくいっている」という言説だけが独り歩きしているように思われる。その結果、本来やらなければいけないことがなされないまま、将来にツケを先送りだけしているように思われる。 |
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2月11日付け朝日新聞によれば、『シャルリー・エブド』等に載った諷刺画をまとめた本が昨日出版されたのだそうだ。もっとも、同書では「同紙の諷刺画は明らかなヘイト表現。日本でも嫌中憎韓本などが出回っていて、事件が起きたフランスの状況に通じるものがある。どこまでが許される表現なのか議論する材料を提供したかった」と言う立場で、批判的な前書きを付し、ムハンマドの顔にはモザイクをかけたという。近所の小書店に見に行ったが、やはり本日にはまだ届いていないようだ。表題からすれば、イスラムに関するもの限定のようであるが、私としては以前にも書いたように、むしろ同紙の全体の論調の方が知りたかった。イスラム関係のみならず、極右に対していかなる諷刺をしているのか、諷刺画のみならず論説などはどうか、などだが、同書にそこまで書かれているのかどうかは定かではない。 |
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3.11以降、防災に関する意識が一応高まっているようなのだが、どうもそれが知識先行になっているのではないかと最近しばしば感じている。というのも、災害の際には他人にかまっていると逃げ遅れるから、さっさと逃げろということが、教育現場でも家庭でもあまりにも安易に強調されすぎていると思うのである。むろん、実際に災害に遭遇したときに、なかなか他人のことまで配慮できないのは分かるし、それを責めるつもりもないが、平時の防災という観点から考えたときに、むしろそうであるからこそ、事前に高齢者や障碍者をいかにして災害から守るかということは、もっと議論されていいことだと思うのである。さもなくば、災害の際には高齢者や障碍者は見捨てていけばよいと、現時点で言っているようなものであり、そもそも防災の意味自体が疑われてしまう。そもそもある程度災害の状況が予測できるのであれば、他人を助けるためにどれだけ余裕があるかもある程度推測できると思うのだが、そうしたことを考えない人も多いようだ。 |
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最近の日本の右傾化について |
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最近、フェイスブックで遊ぶことが多いため、ブログの方はおろそかになっているが、いつの間にか選挙も近づいているため、いくつか私自身の関心事を改めて書き込んでおく。 |


